研究課題
本研究課題は、iPS 細胞の臨床応用に必須である「iPS 細胞の質の評価」を可能にするため、iPS 細胞クローン間の多様性、主に分化能と関連し得る分子指標をヒストンエピジェネティクスに注目して模索するものである。本年度は研究実施計画に基づき、以下のような成果を得た。1、iPS 細胞の分化能に対するTSA の影響を調べるため、完全な多能性をもたないiPS 細胞株(3F-iPS)をTSAで処理することによる多分化能の変化を調べた。TSA処理の条件(細胞数・TSA処理時間・タイミング)を検討し、コロニーの形態が良く、未分化状態が維持されている処理条件を決定した。これらの処理による3F-iPS細胞の分化能の変化をキメラマウス作製効率によって調べ、TSA処理によってiPS細胞の寄与率の高いキメラマウスが作製できることを示した。2、iPS 細胞株間のヒストン修飾レベルの比較を行うため、本研究室で樹立し多分化能の評価を行ったiPS 細胞株ライブラリーを用いて各ヒストン修飾を検出した。まずは、様々なヒストン修飾抗体を用いて分化能に差がみられる3F-iPS細胞と4F-iPS細胞間で差があるヒストン修飾をスクリーニングした。そして、クローン間で差がある可能性の示されたヒストン修飾について、複数の3F-iPS、4F-iPS細胞とES細胞間でそのシグナル強度を比較した。その結果、高い分化能を示す4F-iPS細胞でのみヒストンH3、H4のアセチル化等の活性型修飾が亢進している傾向にあることがわかった。さらに、TSA処理 による多分化能の回復過程におけるヒストン修飾の変化を調べた結果、TSA処理の直後に一時的にヒストンの活性型修飾が増加していることがわかった。これらの結果より、活性型ヒストン修飾、とくにアセチル化がiPS細胞の多能性の程度と関連し得る分子指標のひとつの候補となることが示された。
2: おおむね順調に進展している
交付申請書の研究目的に記載した「iPS細胞の分化多能性の差に対応する可能性のある分子マーカーの同定」を目指して、平成24年度に計画していた「薬剤処理によるiPS 細胞の多能性への効果と多能性回復過程におけるヒストン修飾の解析」および「分化能に差がみられるiPS細胞株間におけるヒストン修飾の比較」を計画通りに行った。そして、高い分化多能性を有するiPS 細胞の分子的特徴として、ヒストンのアセチル化等の活性型修飾が亢進傾向にあることを明らかにした。これらの成果により、平成24年度の目標であった「iPS 細胞の多能性の程度と関連し得る分子指標の候補の探索」が達成され、研究目的の達成に向けて順調に進展していると言える。
今後は、質の異なるiPS細胞株間を見分ける分子指標の候補であるヒストン修飾について再検討すると共に、そのような株間に見られる多様な分子的特徴が何に起因しているのかに注目していきたい。平成25年度の研究計画では、「候補となったヒストン修飾のゲノム上の位置やその変動パターン」を明らかにすることによって、多能性に関わる可能性のある分子指標をゲノム上の特定部位にまで絞っていきたいと考えていたが、今回明らかになったiPS細胞株間で差が見られたヒストン修飾は広範囲にわたって比較的ブロードに存在していると予想され、また同様な分化能を示すiPS細胞株間においても修飾レベルの強度に若干のバラつきが見られるため、分化能と対応するようなゲノム上の特定位置におけるヒストン修飾の有無や特徴的なパターンを探ることは困難であると考えた。そこで、今後は、研究計画に記載したChIP-seq 解析による、分化能に差がある細胞株間における標的ヒストン修飾のゲノムワイド解析を試みる一方で、高い分化能をもつ細胞でみられた活性型ヒストン修飾の亢進を引き起こしている因子(ヒストン修飾関連因子)の探索とその挙動に注目して研究を進めていきたいと考えている。また、研究計画に記載の通り、各細胞株間におけるc-Mycの発現を調べ、標的の活性型ヒストン修飾との関連を検討する。また、多能性に差がみられる複数のiPS細胞株をヒストンエピジェネティクスに注目して比較する上で、その前提として各iPS細胞株のゲノムの安定性とその多様性について知ることが重要であることを再認識した。今後はそのような点にも注意を払いながら、iPS細胞の分化能に関わる分子指標および分子的特徴を解析していく予定である。
該当なし
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