前年度までに、マカクザルを用いて前肢帯骨格の三次元位置計測の試行を重ね、接触型三次元デジタイザを用いた計測手法や装置の設定を確立させることができた。このため、最終年度には、対象を地上性や樹上性の程度の異なる霊長類4種(ヒヒ、ニホンザル、オマキザル、クモザル)に定め、種間の違いを明らかにするための計測データの収集を行った。各対象個体のX線CT撮影を行い、骨格要素の形状を抽出し、先に肢位を変えて計測した三次元データに重ねあわせることにより、前肢や前肢帯の骨格の位置関係をソフトウェア上で復元した。 樹上性の種、とくにクモザルでは、上腕の受動的可動域が頭背側に広かった。一方、地上性の強いヒヒやニホンザルでは肩甲骨内側縁と脊柱の棘突起が干渉し、また、頭部と肩が接触して上腕の挙上が制約されていた。樹上性の種では鎖骨が長いことにより、肩甲上腕関節の位置が体幹から離れ、関節窩上での上腕の自由な運動を妨げない効果があった。四足歩行だけでなく前肢ぶら下がり移動も行うクモザルでは、上腕挙上時には弓状の鎖骨の弯曲が胸郭上口の縁のカーブに沿うことにより、肩甲上腕関節をオマキザルよりも背側に保持することが可能となっていた。 本研究では、前肢帯骨がとり得る立体配置は霊長類の種それぞれの前肢の運動性に応じて異なっていることを明らかにした。また、その配置には個々の骨形態ならびに相対サイズのいずれの要因も影響していることを示した。樹上四足歩行の共通祖先から、前肢の動作範囲を拡大する方向へ戦略を切り替えた初期の類人猿進化の過程は未解明の部分が多いが、現生種における本知見に基づいて、化石に残る前肢帯や胸郭の骨形態の理解を助けることができる。
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