研究課題
1、ハイドロゲルバリアントの分子設計・調製:種々の相転移温度をもつ分子量60kDaの人工エラスチンポリペプチド(ELP)を人工遺伝子として分子設計し、計8種の発現プラスミドを構築した。大腸菌によりポリペプチドを発現させ、定法により発現産物を精製した。2、温度応答性の解析・ゲル化能および力学強度の評価:ポリペプチドの相転移温度を算出したところ、狙いどおりに体温以下・体温付近・体温以上の相転移温度を示した。ポリペプチド溶液を塩基性および酸化条件下にするとすみやかにゲル化することを発見した。その最小ゲル化濃度は2.2wt%ときわめて低いものであり、極細針によるマウスへの容易な注射投与を可能とした。ハイドロゲルの貯蔵弾性率は周波数に依存せず常に損失弾性率よりも大きく、ポリペプチドのネットワーク構造形成を明らかとした。3、試験管内における薬物徐放解析:Cys含有ポリペプチドとアルブミン溶液とを酸化条件下で混ぜてゲル化させると、ゲル内に効率よくアルブミンを貯留できることを見出した。リン酸緩衝液中へのアルブミンの漏出を解析したところ、親水性ゲルでは初期バーストの後、4日~1週間かけて1次放出するプロファイルが得られた。トキソイド抗原タンパク質 (120~250 kDa)ではこのような1次放出は認められなかった。一方、体温以下の低い相転移温度をもつ疎水性ハイドロゲルでは、初期バースト後半月以上にわたり高濃度のアルブミン貯留を持続できるというきわめて興味深い現象を発見した。この現象は小分子である5 kDaの抗HIVペプチドでも認められた。4、注射投与型デポ剤を目指した機能解析:125-Iおよび近赤外蛍光プローブで標識したポリペプチドを担癌マウスに投与してハイドロゲルの生体内挙動を解析した結果、患部全体を覆うハイドロゲルを注射により留置でき、投与後2週間で完全に生分解されることを明らかとした。
2: おおむね順調に進展している
本研究課題の最終的な目標は、①ゲルの架橋点の数、②ゲスト残基の疎水性度、③ポリペプチド鎖長のそれぞれを遺伝子レベルで系統的に変化させた分子設計により、人工エラスチンポリペプチドのゲル形成能および薬物貯留・放出能について系統的な機能解析を展開し、インジェクタブル薬物送達を実現するプラットフォーム創製の足掛かりを得ることにある。①を規定しているのはCys残基数であるが、1分子あたりのCysの数を0、10、16、28と変化させても収量・純度に影響はなく、架橋点の数および配置を任意に設定したポリペプチドを自在に調製できる見通しがついた。②③については、親水性で短鎖のポリペプチドほど収率が低下する傾向にあったが、実験室レベルでの解析に必要な量を調製するには十分であった。また、注射投与により生体内の投与部位にデポを留置できたこと、および2.2wt%というきわめて低い当該ポリペプチドの最小ゲル化濃度は、ゲル内に高濃度で薬物を包埋した注射型デポ剤への展開を強く期待させ、次年度への研究展開の強いモチベーションとなっている。さらには親水性ゲルとトキソイド抗原、疎水性ゲルとトキソイド抗原、同じく疎水性ゲルと抗HIVペプチドというゲル内貯留に優れた組合わせの発見は、研究申請時には予期していなかったきわめて興味深いものである。これはin vivo送達を明確に視野に入れたタンパク質・ペプチドの薬物デポの分子設計に向けた機能解析へのアプローチを具体化した。
デポに内包した薬物漏出試験により人工エラスチンポリペプチド-薬物の優れた組合わせとして発見した親水・疎水性の両ゲルとトキソイド抗原、疎水性ゲルと抗HIVペプチドについて、実験動物レベルでの薬物送達の検証に焦点を当て、得られた情報をより有効な人工エラスチン遺伝子設計のためにフィードバックする。アルブミンを親水性ゲルに内包した場合に認められた自発的な徐放が、より分子量が大きいトキソイド抗原タンパク質ではゲルを破壊しない限り認められなかったことから、当該ポリペプチドを用いるとトキソイド抗原タンパク質デポの生体内留置が可能であると考えられる。試験管内での薬物徐放現象が抗体産生にどのように影響するかに注目し、抗原の徐放が免疫応答に与える影響について解析する。タンパク質・ペプチド製剤はその生体内での半減期が短いために薬物送達技術が強く求められている。当該人工エラスチンポリペプチドデポはこれら薬剤を内包できることが判明し、したがって単独の場合と比較して生体内でのプロテアーゼ消化や血球細胞による貪食からの保護効果が見込まれる。また、当該人工エラスチンポリペプチドデポは生体内で白血球などが産生するエラスターゼにより生分解されるものと推定され、デポの生分解による薬物放出という理想的な薬物送達が期待できる。そこで実際に前年度に調製した各種ポリペプチドゲル内に薬物を内包させ、内包薬物のトリプシン消化耐性を評価することにより薬物デポによる保護効果について検証する。また、エラスターゼを各種デポに作用させ、その分解速度についてもデポの分子組成に注目して解析する。平行して、抗HIVペプチドについては人工エラスチンポリペプチドとの混合液を皮下投与して生体内にデポを留置し、その血中半減期に有意な延長が認められるかを精査する。
試験管内での機能解析により見出した特性について実験動物を用いて検証を行う。研究を実施するのに必要な設備・備品は全て研究申請者および研究協力者が現有しており、新たな設備・備品の購入予定はない。動物実験レベルでの解析は試験管内と比較して実験スケールが大きくなるため、大部分を消耗品に充てる。ポリペプチド調製に関わる試薬(600千円)、内包薬物(200千円)、実験動物(300千円)を予定している。また、動物試験により得られる結果を適宜フィードバックして新たなポリペプチド遺伝子を分子設計する予定である。この人工遺伝子調製に関わる試薬には100千円を充てる計画である。また、成果発表論文の別刷(200千円)を予定している。
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http://www.marianna-u.ac.jp/microbiology/office/003334.html