研究課題
がん薬物療法の副作用の一つである末梢神経障害は、作用機序の異なる各種抗悪性腫瘍薬で発生し患者QOLの低下を引き起こすが、これまで根本的な治療法が確立していない。様々な薬剤が対症療法として投与されているが、必ずしも有効な治療効果が期待できない現状にあることから、本研究では、薬剤あるいは症状特異的に認められるバイオマーカーを見出すことで末梢神経障害の早期発見や治療の最適化を目指すことを目的とした。平成24年度はin vitroの実験系を用いた基礎的研究を行い、以下の成果を得た。本研究では、NGF刺激により神経様突起を伸張させることから末梢神経細胞のモデルとして汎用されるラット副腎髄質由来の褐色細胞腫であるPC12D細胞を用いた。MTTアッセイおよび細胞骨格の蛍光免疫染色による観察を組み合わせ、末梢神経障害神経の早期発見のための抗悪性腫瘍薬の至適処置濃度の設定を行った。続いて、細胞試料中低分子化合物のLC/MSによるメタボローム解析では、細胞数、分析のための洗浄溶媒、破砕処理等の各種前処理条件が測定結果に大きな影響を与えることから、これらの条件について種々の条件設定を行い、測定試料調製の最適化を行った。次いで、LC/MSによるメタボローム解析による抗悪性腫瘍薬特異的なバイオマーカーの探索として、調製した試料について、LC/MSによるメタボローム解析を実施した。なお、LC/MSによるメタボローム解析では、LC/MSによる測定のみならず得られるデータのプロセシング過程とその後の統計解析にも種々の検討が必要であることから、データの標準化や各種多変量解析などのデータ処理についても種々の検討を加えた。このような検討から、これまでに抗悪性腫瘍薬特異的な低分子化合物が複数見出しており、現在鋭意同定作業を行うとともにその生成機序についても考察を加えているところである。
3: やや遅れている
末梢神経細胞のモデルとして汎用されるラット副腎髄質由来の褐色細胞腫であるPC12D細胞を用いて、各種抗悪性腫瘍薬が神経細胞に与える影響について研究を行う系を立ち上げることができた。続いて、これまでに本系を用いて以下に挙げる内容について達成することができた。始めに、特に臨床的に末梢神経障害を高頻度で引き起こすことが知られているオキサリプラチンおよびパクリタキセル処置濃度がNGF刺激PC12D細胞における細胞生存率に与える影響について、MTTアッセイにより評価を行い、濃度依存的な細胞生存率の低下を確認することができた。本評価により、抗悪性腫瘍薬による細胞毒性とメタボローム情報との関連性について比較検討を行うことを可能とした。同様に、これらの抗悪性腫瘍薬がNGF刺激PC12D細胞の細胞骨格形成に与える影響について、F-actin、G-actin、actininの蛍光染色により、抗悪性腫瘍薬の神経細胞骨格形成に与える影響を可視的に評価する系を確立することができた。続いて、NGF刺激PC12D細胞中低分子化合物のメタボローム解析に関し、解析に必要な細胞数、分析に付すまでの洗浄溶媒や破砕処理等の前処理方法、LCおよびMSにおける分析パラメーター等の各種条件、さらにメタボローム解析におけるデータプロセシング過程に関して精査を行い、一連の測定プロトコールを確立することができた。現在、本測定プロトコールの実施により、抗悪性腫瘍薬処置に特異的な低分子化合物を複数見出しているが、メタボローム解析を実施している研究者の共通の課題ではあるが、得られる膨大なデータの解釈に時間がかかることや、化合物の同定が必ずしも容易ではないといった問題から、当初の目的より若干進捗が遅れている状況である。これに関しては、今後の研究の推進方策に記した通りライブラリ構築等を進めて改善をしていく予定である。
これまでに、臨床的に高頻度に末梢神経障害を引き起こすことが知られているオキサリプラチンおよびパクリタキセルについて、NGF刺激PC12D細胞に処置を行い、各薬物特異的な低分子化合物をそれぞれ複数見出している。LC/MSにおけるメタボローム解析のボトルネックの一つはその後の化合物同定の過程であるため、見出した化合物の効率的な同定を目的として、標準品のLC/MS分析あるいは公開データベースとの連携、さらにはMSにおける理論フラグメントパターンの予測を組み合わせた統合ライブラリの構築を行うことにより、見出した低分子化合物の帰属作業を進めていく予定である。また、ビンクリスチンなどの異なる機構で末梢神経障害を引き起こす薬物、また末梢神経障害を引き起こす可能性が低いと考えられる抗悪性腫瘍薬についても同様に処置を行い、発症機構の解明の一助となり得るメタボローム情報を取得して比較検討を行う予定である。その後、抗悪性腫瘍薬処置により変化が見出された低分子化合物は末梢神経障害のマーカー候補と考えられることから、その生成過程について考察・検証を加えた上、既知の末梢神経障害治療薬あるいはその生成過程から有効性が期待される治療薬候補を細胞に処置することにより、マーカー候補の産生変動、抗悪性腫瘍薬の細胞毒性および神経細胞骨格形成変化等を指標としてその神経障害保護作用について評価を行う。さらに、上記のin vitroの結果を踏まえ、特に高頻度に末梢神経障害を引き起こすオキサリプラチンおよびパクリタキセルをラットに投与して末梢神経障害モデル動物を作成し、既知あるいは有効性が期待される末梢神経障害治療薬がin vitroで見出したマーカー候補の変動に与える影響を明らかにすることで、治療薬選択の判断に有効なマーカー候補を決定する。
本研究の遂行に必須であるマーカー候補の探索あるいは定量分析に用いる高額なLC/MS装置は既に本学に導入済みであり、平成25年度も各種物品・消耗品類が研究費の主用途となる。具体的には、平成24年度から継続しているPC12D細胞を用いた in vitroの実験系を更に展開させるため、細胞培養に関連する各種プラスチック器具類、ガラス器具類、試薬等を購入する予定である。LC/MSによるメタボローム解析については、使用する分析カラムの劣化が予想されるため複数の分析カラムの購入を計画しているほか、LC/MSの測定条件によって検出される低分子化合物は異なることから、分離モードの異なる分析カラムの購入を予定している。また、本研究の遂行、さらには今後の関連する研究にも応用可能なLC/MSのデータに関するデータベース/ライブラリの構築を進めるため、推定されるマーカー候補を始めとする低分子化合物の標準品を購入していく。さらに、多検体の試料をLC/MS分析に付すにあたり、試料の前処理プロセスの効率化に有効な試料精製装置の導入も検討している。またin vitroの結果を受けたin vivoの実験系を立ち上げる予定であり、これに伴い実験動物の購入とin vivoにおける研究遂行に関わる各種実験器具類を整備する計画である。なお、本研究で得られる成果は海外で開催される学会を含む複数の学会で発表を予定しているほか、最終的には原著論文として投稿を計画している。
すべて 2013 2012
すべて 雑誌論文 (1件) (うち査読あり 1件) 学会発表 (1件)
Analytical & Bioanalytical Chemistry
巻: 403 ページ: 1897-1905
10.1007/s00216-012-6004-9