研究課題/領域番号 |
24790234
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研究機関 | 島根大学 |
研究代表者 |
片倉 賢紀 島根大学, 医学部, 助教 (40383179)
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研究期間 (年度) |
2012-04-01 – 2014-03-31
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キーワード | 多価不飽和脂肪酸 / 神経幹細胞 / 神経新生 / Gタンパク質共役型受容体 |
研究概要 |
多価不飽和脂肪酸は、記憶学習能力を向上させることが知られている。我々の研究室では、この作用には神経幹細胞のニューロンへの分化促進作用が関与していると仮定した。 神経幹細胞のニューロンへの分化に対する多価不飽和脂肪酸の影響について培養神経幹細胞を用いて検討した。その結果、オメガ3系の多価不飽和脂肪酸(ドコサヘキサエン酸、エイコサペンタエン酸)はニューロンへの分化を促進するが、オメガ6系の多価不飽和脂肪酸(アラキドン酸)は促進しなかった。また、同じオメガ3系の多価不飽和脂肪酸でも、ドコサヘキサエン酸とエイコサペンタエン酸では促進の作用機序は異なっていた(これらの結果は国際誌へ投稿し、受理された)。この結果は、同じ系統の多価不飽和脂肪酸でも異なる作用を持つことを示している。 既知の多価不飽和脂肪酸受容体(GPR40, GPR120)の神経幹細胞での発現量、特異的な阻害剤、作動薬を用いた薬理学的な検討を行った。その結果、未分化な状態の神経幹細胞ではGPR40の発現は認められないが、分化と共にニューロンだけでなくグリアにも発現の増加が認められた。GPR40アゴニスト処置によってニューロンマーカーのTuj-1陽性細胞、グリアマーカーのGFAP陽性細胞はともに増加した。このことから、GPR40は神経幹細胞のニューロン、グリア両方への分化に関与している可能性が示唆された(これらの結果は学会で報告した)。一方、GPR120はいずれの状態の神経幹細胞でも発現は認められなかった。しかし、成体の海馬、大脳皮質ではmRNAの発現を認めた。 神経幹細胞の脂肪酸組成を分析した。神経幹細胞には飽和脂肪酸や一価不飽和脂肪酸(オレイン酸)の含量が多かった。成体の脳内では多価不飽和脂肪酸のドコサヘキサエン酸やアラキドン酸が多いことと比較すると、成体とは異なる脂肪酸維持機構が機能していると考えられた。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
オメガ3系多価不飽和脂肪酸は神経幹細胞からニューロンへの分化を促進させることと、その機構を解明した。現在、この作用に対する既知の多価不飽和脂肪酸受容体の関与について検討している。多価不飽和脂肪酸受容体の候補としてGPR40とGPR120について神経幹細胞における発現量と受容体作動剤、阻害剤の作用について検討はおおむね終了した。これまでの結果の一部は、学会(国際・国内)で発表を行い、国際誌にも投稿・受理された。その他の受容体に関しても検討を継続する。 未分化な神経幹細胞の脂肪酸組成のと共に、分化後の測定も行った。しかし、多価不飽和脂肪酸の代謝物の分析は行えていない。多価不飽和脂肪酸代謝物約15種の測定系を確立できているため、今後順次測定を行う。 既知の細胞内情報伝達系に対する多価不飽和脂肪酸の影響については、一部の解析は終了した。今後マイクロアレイを用いて検討する。
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今後の研究の推進方策 |
本研究では、多価不飽和脂肪酸またはその代謝物は情報伝達物質として作用するという仮説を立てた。まず、多価不飽和脂肪酸未変化体による直接的な作用を検討するために以下の研究を行う。1)既知の多価不飽和脂肪酸受容体の神経幹細胞に対する機能を検討する。標的受容体としては神経幹細胞にも発現していることが確認されているペルオキシソーム増殖剤活性化受容体(PPAR)、レチノイドX受容体(RXR)、脂肪酸結合タンパク質(FABP)を想定している。2)マイクロアレイを用いて既知の細胞内情報伝達に与える多価不飽和脂肪酸の影響を検討する。3)神経幹細胞の中にある多価不飽和脂肪酸に親和性のあるタンパク質を同定し、その機能を調べる。 次に神経幹細胞中での多価不飽和脂肪酸の代謝産物を同定する目的で、LC/MSを用いて網羅的に測定する。これにより同定された代謝物の神経幹細胞の増殖・分化に対する影響を検討し、さらに未変化体の時と同様に、結合する受容体、親和性のあるタンパク質の同定とその機能を解析する。 最終段階として、同定された多価不飽和脂肪酸の活性代謝物をラットの脳室内へ投与し、記憶学習能に対する影響を観察する。
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次年度の研究費の使用計画 |
H24年度は効率よく研究を遂行できたために未使用金が生じた。この未使用金はH25年度の研究費と合わせて以下の使用を計画している。 1、培養神経幹細胞を用いた検討 1-1多価不飽和脂肪酸の神経幹細胞内での動態解析。昨年度、培地に添加した多価不飽和脂肪酸は細胞内に取り込まれることは確認した。次年度はこれらの代謝物を測定する。必要に応じて、代謝酵素阻害剤の影響も検討する。予備的な検討から、研究を遂行するための問題点として、多価不飽和脂肪酸代謝物の測定のためには多くの細胞を必要とすることが明らかとなった。そのため、当初想定していたよりも多くのラット、培地を使用することで対処する。 1-2既存の細胞内情報伝達系に対する多価不飽和脂肪酸の影響。多価不飽和脂肪酸に対する既知の細胞内情報伝達系に対する作用の検索を継続する。次年度は神経幹細胞に照準を合わせたPCRアレイを用いる。これにより神経幹細胞の増殖・分化を制御する情報伝達系のうちどの経路に多価不飽和脂肪酸は影響を与えるのか絞り込む。 1-3プロテオミクス解析。申請書には、多価不飽和脂肪酸処置と未処置の比較を行うとしていたが、変化するタンパク質が多かったため、多価不飽和脂肪酸結合タンパク質と相互作用するタンパク質の同定から開始し、徐々に範囲を広げる。 2、動物を用いた検討。ラットの側脳室内に多価不飽和脂肪酸代謝物を一回投与し、1週間後に海馬内の代謝物量を確認した後に行動実験を開始する。行動実験としたは、放射状迷路、シャトルアボイダンンス試験を予定している。研究を遂行する上での課題として、投与経路の問題が挙げられる。側脳室内への投与後、脳内の代謝物量を測定し確認を行い、一回投与では十分では無いと判断した場合には、浸透圧ポンプを利用して持続注入を行う。
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