研究課題
若手研究(B)
ドキシサイクリンの投与により安定型β-cateninの発現が誘導可能な (Tet-on system) β-catenin inducibleマウスを用いて、マウスの胃上皮細胞においてβ-cateninを強制的に発現させ、古典的Wnt シグナルの活性化が細胞増殖および分化に及ぼす影響について解析した。ドキシサイクリンを5日間投与したマウスの胃について、組織学的および免疫組織学的解析を行ったところ、胃底腺および幽門腺においてβ-cateninの核、細胞質への蓄積が認められ、峡部から胃小窩にかけてKi-67陽性の小型細胞が著明に増殖していた。さらに、Alcian-blue-periodic acid-Schiff (AB-PAS) 染色およびMuc5ac免疫染色により、胃小窩における粘液産生の著明な減少が認められ、β-cateninの発現により表層粘液細胞への分化が抑制されることが明らかとなった。続いて、β-catenin inducibleマウスで得られた所見が胃癌組織に外挿できるか検討するため、N-methyl-N-nitrosourea (MNU) 投与によりマウスに誘発した腺胃腫瘍について組織学的に解析した。同腫瘍において、β-cateninを核、細胞質に蓄積した腫瘍細胞が限局して観察され、同腫瘍細胞はβ-catenin inducibleマウスで増殖した小型細胞に類似していた。β-cateninの蓄積のみられない領域では腫瘍細胞は明瞭な分化傾向を示し、PAS陽性の粘液を豊富に産生する部位では、腫瘍細胞は増殖能を失っていた。一方、β-cateninの蓄積した領域では、粘液産生は著明に減少し、腫瘍細胞の増殖能が維持されていた。以上より、マウスの正常および腫瘍化した胃上皮細胞において、Wntシグナル活性化により分化が抑制され、増殖能が維持されることが明らかとなった。
2: おおむね順調に進展している
胃癌細胞ならびに胃上皮幹細胞において、古典的Wntシグナルが活性化していることが明らかにされている。しかしながら、Wntシグナルの活性化が癌の発生・進展ならびに胃上皮幹細胞制御にどのように寄与しているか、その詳細は明らかにされていない。そこで、本研究では、Wntシグナルの活性化が胃上皮細胞にもたらす形質変化およびその分子機構を明らかにし、胃癌の発生・進展機構ならびに胃上皮幹細胞制御機構の解明に繋げることを目的としている。本年度は、Wntシグナルの活性化によってもたらされる胃上皮細胞の形質変化を明らかにすることを目的とし、研究に取り組んだ。その結果、Wntシグナルの強度を生体内で自由に制御可能なβ-catenin inducibleマウスを用いた解析により、Wntシグナル活性化により胃上皮細胞の分化が抑制され、増殖能が維持されることが明らかにした。さらに、その結果は化学発がん物質で誘発したマウス胃癌にも外挿できることを明らかにすることができた。したがって、本年度の目的はおおむね達成することができたと考えている。本年度の研究内容については、申請時にすでにプレリミナリーな研究成果を得ていたため、非常に順調に研究を進めることができたと考えている。また、本年度得られた研究成果について、日本癌学会、日本毒性病理学会等ですでに発表することができた。
本年度、Wntシグナルの活性化よる正常および腫瘍化した胃上皮細胞の形質変化を明らかにすることができた。翌年度以降は、①形質変化の基盤となる分子機構の解明、②Wntシグナル活性化がマウス胃上皮幹細胞に及ぼす影響について、以下の通り解析を進める。① Wntシグナル活性化による形質変化の基盤となる分子機構の解明:β-catenin inducibleマウスを用いて、β-catenin誘導後の胃粘膜上皮細胞において、形質変化に伴い、特異的に変動する遺伝子ならびにシグナル伝達経路をマイクロアレイ解析により明らかにする。マイクロアレイ解析の結果は、リアルタイムPCRによって確認する。その後、免疫組織学的に検討できる分子については、マウスおよびヒト胃癌においてその発現を検討する。さらに、変動する遺伝子が形質変化に寄与しているか、胃癌細胞株を用いてin vivoで解析する。② Wntシグナル活性化がマウス胃上皮幹細胞に及ぼす影響:本研究では胃癌細胞とともに胃上皮幹細胞を研究対象としている。胃上皮幹細胞では特異的にLgr5が発現していることが見出され、胃上皮幹細胞のマーカーとなることが示されている。そこで、Lgr5の発現をGFPで検出することができるLgr5-GFPノックインマウスをとβ-catenin inducibleマウスを交配し、β-catenin inducible; Lgr5-GFPノックインマウスを作製し、β-catenin誘導後のLgr5発現胃上皮幹細胞(GFP陽性細胞)の動態を解析し、Wntシグナル活性化のマウス胃上皮幹細胞に及ぼす影響を評価する。
翌年度に繰り越した研究費については、翌年度の研究費と合わせて、マイクロアレイ解析に使用する。マイクロアレイ解析は、申請当初より翌年度に実施する計画であったが、翌年度に配分される予算の半分以上を占める可能性があるため、本年度の予算の一部を翌年度に回すこととした。
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