麻疹ウイルスは、中枢神経系に持続感染して亜急性硬化性全脳炎(SSPE)を引き起こす。しかし、SLAMやnectin 4といった受容体を発現しない神経細胞にウイルスは非効率的にしか感染しないため、いかにしてウイルスが神経病原性を獲得するかは不明である。我々は本研究を通して、SSPE患者から分離されたウイルス株のF遺伝子の多くに、ウイルス膜融合を亢進するアミノ酸変異が存在することを明らかにした。またヒト神経培養細胞及び哺乳ハムスター動物モデルを用いて、上記の変異が中枢神経系におけるウイルス感染の効率的な広がりに寄与することを示した。よって神経病原性発現機構の基礎を明らかにできた。SSPEに対する治療はこれまでのところ、リバビリンやインターフェロン等を利用して行なわれているものの、こうした薬剤は非特異的にウイルス感染を阻害するものであり、特に感染が進んだ時点での投薬の効果は乏しい。従って本研究を通して、麻疹ウイルスの膜融合阻害が、SSPE病態の進行を防ぐ、新たな特異的な治療標的となりうることを明らかにした。最終年度では、麻疹ウイルス膜融合を阻害する、既知の融合阻害ペプチドの改良および、その効果の検証を試みた。ペプチドは一般に生体内で易分解性であるため、ペプチド末端をコレステロール修飾して安定性の向上を図った。その結果、培養細胞を用いた感染阻害実験により実際にペプチドによる感染阻害効果の増強を確認した。しかし動物モデルを用いた実験では、これまでのところ十分な感染阻害効果を得られていない。そこで複数のペプチドを架橋する、コレステロール分子の合成、および両者のリンカー部位の延長といった化学修飾法の検討を行い、効果の検討を現在進めている。こうした膜融合阻害薬の開発は、既存の薬剤とも組み合わせることで、これまでに治療法が確立されていないSSPE治療法の開発に大きく寄与する可能性を有する。
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