研究概要 |
ドラッグデリバリーシステムにおいてポリエチレングリコール(PEG)を修飾したナノキャリアは高い血中安定性から研究が発展し一部は臨床で使用されている。Accelerated blood clearance(ABC)現象はPEG修飾ナノキャリアの複数回投与で血中滞留性が著しく減少する現象であり、臨床応用にあたり深刻な問題である。本研究では生体内リアルタイム蛍光共焦点顕微鏡(Intravital Real-time Confocal Laser Scanning Microscopy: IVRTCLSM)を用いて血中滞留性、肝臓や腫瘍への集積、代謝の経路を評価することによりABC現象を誘起するナノキャリアの構造についてライブラリを作成し、ABC現象を回避するキャリアの設計法を確立することを目的とした。 平成24年度はABC現象の評価手法の確立を行った。具体的には血中滞留時間減少の評価方法として耳介血管から非侵襲的に観察し、1匹のマウスで経時的に評価することを可能にした。in vitroではABC現象により産生されたIgM抗体はPEG修飾キャリアに吸着するということが報告されている(Ishida, T., J Control Release (2006))が、IVRTCLSMによりリアルタイムに血中で凝集体形成観察が可能になった。またABC現象により捕捉されたナノキャリアはクッパー細胞に貪食され肝臓に蓄積することが電子顕微鏡により判明している(Ishida, T., J Control Release (2005))がIVRTCLSMを用いてナノキャリアがクッパー細胞に取り込まれる様子をリアルタイムで評価した。これらの手法はPEG-リポソームおよび当研究室で開発している各種高分子ミセルに用いることができ、IVRTCLSMがABC現象の評価手段として有効であることが示された。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
リアルタイムでのABC現象の評価方法を確立するという申請書に掲げた初年度の目標を達成し、IVRTCLSMはABC現象の評価において最適なツールの一つであるということを示した。この手法を用いて様々なナノキャリア(PEG-liposome, polyion complex micelle, semipermeable polymer vesicle (PICsome))について比較し、ABC現象を誘起するナノキャリアの構造についてライブラリを作成する上で重要なデータを得た。 さらに次年度に行う腎臓や肝臓における代謝の評価手段としてFRET(fluorescence resonance energy transfer)の手法を取り入れた。アンチセンス鎖の両端にペアでFRETを誘起する蛍光色素をもったsiRNAはインタクトな状態ではFRETを起こし、分解されるとFRETが解除されるという仕組みをもつ。このFRET-siRNAとポリカチオンから形成されるポリイオンコンプレックスを用いてIVRTCLSM により血中や腎臓でのsiRNAのインタクト性を評価できることを確認した。また、従来の方法ではIVRTCLSMシステムで観察するために、ナノキャリアを構成するポリマーに1種類の蛍光物質をつけており、キャリアが崩壊しても蛍光は消えないため、キャリアの崩壊に関しての時空間情報が得られなかった。そこで、キャリアと内包薬剤の間でFRETを誘起するような蛍光物質をそれぞれに結合させることにより、キャリアが崩壊するとFRETが解除されるという仕組みを利用し、キャリアの崩壊に関しての時空間情報を得ることを検討中である。この2種類のFRETナノキャリアを用いてABC現象によるナノキャリアおよび内包薬物の安定性への影響や代謝の経路を知ることができ、ABC現象を解明する手がかりとなるだろう。
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今後の研究の推進方策 |
来年度はABC現象に伴う副作用の検証として、肺への集積と腎代謝への影響を調べる。血中で凝集したキャリア粒子は肺血管に行き、毛細血管に詰まって肺梗塞を起こすと考えられる。そこで陽圧呼吸管理下のマウスを開胸して肺胞毛細血管を観察する手法を用いてABC現象により凝集した粒子が詰まり肺梗塞を起こす瞬間を捉える。臨床ではドキシルによる間質性肺炎の症例報告がある(Inaba, K., Med. Oncol. (2011))。ABC現象と間質性肺炎との関連について検討する。また、ナノキャリアが分解されて生じた低分子の代謝物は腎排泄されることが知られている。IVRTCLSMでは糸球体濾過を受けた代謝物が尿細管に進む様子を観察することが出来る(Matsumoto, Y., Biomed. Opt. Express (2010))。ABC現象によるナノキャリア分解物の腎排泄への影響をFRETの手法を用いて詳細に検討する。 再来年度は市販のDDS製剤および高分子ミセルにおけるABC現象の発生機序の解明をおこなう。これまでに得た知見をABC現象のポジティブコントロールとして、同様の手法を市販のDDS製剤、あるいは当研究室で開発しているPEG修飾高分子ミセルに展開する。申請者が所属する研究室ではPEG密度、粒径、親-疎水性構造、リガンドの種類、架橋度、デンドリマー構造など、あらゆる側面から高分子ミセルの最適化を行っている(Christie, RJ., Biomacromolecules (2011), Horacio, C., Sci. Technol. Adv. Mater. (2010), Oba, M., Molecular Pharm. (2008))。これらを本研究に応用することによりABC現象についての膨大なライブラリを構築し、ABC現象とナノキャリアの組成や構造との関係を解明する。
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