研究概要 |
ベンゼンは産業現場で現在においても広く使用されているが、骨髄障害や急性骨髄性白血病を誘発することも知られている。しかし、その発がん機構はわかっていない。 我々は、これまでの研究でベンゼン代謝物の一つである1,2,4-benzenetriol(BT)をヒト骨髄細胞(HL60細胞)に曝露すると、細胞が豊富に有するミエロペルオキシダーゼ(MPO)によりHOClが生じ、ハロゲン化DNAが生じることを明らかにした。 今年度の研究成果は、昨年度行なったMPO阻害下、非阻害下におけるBT曝露時のHL60細胞のマイクロアレイによる網羅的遺伝子発現変動解析の結果のうち大きく変動し重要だと思われる20遺伝子についてリアルタイムPCRで遺伝子発現の変動を追試確認した。その結果、マイクロアレイの結果と同じであり、マイクロアレイ結果の妥当性が示された。また、マイクロアレイの結果をGene ontology(GO)解析、KEGG(Kyoto Encyclepedia of Genes and Genoms) Pathway解析も行なった。それらの解析結果から、apoptosis経路、anti-apoptosis経路、両経路の遺伝子発現がBT曝露により発現亢進していることが判明した。また、MPOの特異的阻害剤である4-aminobenzonic acid hydrazide(ABAH)で阻害するとBT曝露により変動した遺伝子群のほとんどの発現変動が抑制されていることもわかった。 以上よりABAHという一つの低分子化合物でMPOを抑制するだけで、劇的にBTの細胞毒性を抑制し、BT曝露により生じる遺伝子発現の変化さえも抑えることから、MPO阻害がベンゼン発がんの予防手段になり得る可能性があると考えられた。これらの結果を英語論文にまとめて報告した。今後の研究展開としては、MPOはベンゼンを扱う職場での白血病や骨髄抑制へのリスクを評価するバイオマーカーとして役立つ可能性があり、MPO活性測定やMPO遺伝子多型検査の疫学研究を検討していきたい。
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