研究課題/領域番号 |
24790740
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研究機関 | 東京大学 |
研究代表者 |
松本 佐保姫 東京大学, 医学部附属病院, 助教 (80570184)
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研究期間 (年度) |
2012-04-01 – 2014-03-31
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キーワード | 肥満症 / 脂肪組織機能異常 / 慢性炎症 / 脂肪幹細胞 |
研究概要 |
肥満症は、心血管病をはじめとする動脈硬化性疾患の重要な基盤病態である。しかしながら、肥満脂肪組織の炎症惹起の分子機構はいまだ未解決の部分が多い。今までの研究により、肥大した脂肪細胞から炎症性サイトカインが多く発現されることが明らかとなっているが、実際の脂肪組織においては、肥大化が起きるよりも早い段階で炎症性の単球の遊走が起きていることが観察された。一方で、肥満時には脂肪細胞の増殖も起きている。我々は、脂肪細胞の増殖のカギとなる脂肪幹細胞が増殖分化する過程で、一部の細胞が炎症性サイトカインを非常に強く発現する細胞へと変異していることを見出した。我々はこの細胞をadipocyte progenitor derived proinflammatory (APDP) 細胞と名付けた。高脂肪食負荷をしたマウスの脂肪組織を観察すると、脂肪幹細胞の増殖が活発となり、一部APDP細胞へと変異する。APDP細胞は非常に高いCcl2の発現を有し、炎症性の単球を遊走させてくる。すなわち、APDP細胞は肥満の極めて初期の段階で既に脂肪組織中に存在し、肥満に伴う炎症の引き金となっていると考えられた。さらに興味深いことに、APDP細胞を野生型マウスの脂肪組織にadaptive transferすると、糖代謝異常を来すことが分かった。APDP細胞と脂肪幹細胞、マクロファージをflow cytometoryを使って単離し、RNA sequenceを行って発現を解析すると、炎症性のサイトカインの発現がAPDPでは非常に高くなっていることが明らかとなると同時に、cell adhesion moleculeなどの発現も高く、APDP細胞の生理的な機能を明らかにできる可能性が示唆されている。我々の研究により、脂肪細胞の増殖と脂肪組織炎症という新しい知見が明らかとなった。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
1: 当初の計画以上に進展している
理由
申請者の今までの研究により、脂肪幹細胞の増殖分化と脂肪組織炎症に関連があることが示唆されていた。しかしながらそのメカニズムは未知であった。本年度は、その炎症惹起メカニズム、特に細胞間ダイナミズムに関しての新しい知見を得られたと考えている。我々の研究により、脂肪幹細胞が高脂肪食負荷することによる増殖刺激によってadipocyte progenitor derived proinflammatory (APDP) 細胞という炎症性サイトカインを高発現する細胞へと変化していくことが明らかとなった。APDP細胞は、Ccl2を初めとする炎症性サイトカインを高発現し、肥満症の非常に初期の段階から、炎症性の単球を脂肪組織中に遊走する働きを持っている。RNAsequenceの結果からは、APDP細胞はマクロファージとも、脂肪幹細胞とも異なる独立した発現プロファイルを有しており、炎症性サイトカインのみならず細胞接着因子や、創傷治癒因子などを高発現する細胞であることが明らかとなった。APDP細胞は、肥満の初期の段階から、その数が増加し、炎症性単球を遊走し、結果として脂肪組織中への免疫細胞やマクロファージの遊走を促していると考えられ、脂肪組織炎症を惹起する細胞間ダイナミズムの初めのregulatorとして機能している可能性が示唆された。さらに、脂肪幹細胞からAPDP細胞への分化を制御しているのは、少なくとも高脂肪食によって生じるFFA(遊離脂肪酸)によってAPDP細胞の数が増加することが示された。
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今後の研究の推進方策 |
我々の今までの検討により、脂肪幹細胞が一部、炎症性サイトカインを高発現するAPDP細胞に変化し、APDP細胞が炎症性単球の遊走を促し、結果として脂肪組織の炎症を惹起することが示された。さらに、DNA修復蛋白であるRad51が脂肪幹細胞の増殖、分化を制御していることが明らかとなった。Rad51ヘテロノックアウトマウスは、脂肪幹細胞の増殖分化が抑制され、結果としてAPDP細胞も数的に減少をし、脂肪組織の炎症が顕著に改善しているという表現型を示していた。この結果は、APDP細胞が脂肪組織の炎症を惹起するということを明確に示すデータであるが、Rad51がどのように脂肪幹細胞の増殖分化を制御しているかということに関してはいまだ知見が得られていない。本年度は、Rad51が脂肪細胞増殖・分化を制御する分子機構を明らかとする。Rad51は、DNA修復のプロセスにおいては、他の蛋白を誘導し協調して機能しており、同様の蛋白複合体が細胞増殖のプロセスにおいても機能を持っている可能性がある。Rad51で免疫沈降およびマススペクトル解析を行うことにより、結合タンパクを同定し、それらの相互作用を解明することによってRad51の細胞増殖における機構を明らかとする。この検討により、脂肪幹細胞から脂肪細胞へと分化するダイナミックな流れの分子機構を明らかにすることができると考えている。 APDP細胞は、肥満すると数が増加するものの、非肥満マウスにおいても存在しており、生理的な役割を担った細胞であると考えられる。RNAsequence の結果からは、細胞接着や遊走に関わる可能性が示唆されており、単球の遊走、低酸素などの要素からAPDP細胞の生理的な機能に迫る。
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次年度の研究費の使用計画 |
肥満早期において脂肪幹細胞の一部がAPDP細胞へと変化することを見出したが、分化を誘導させる因子としてはFFAが挙げられたが、肥満脂肪組織のダイナミズムを考えると、他の液性因子の関与が十分考えられる。今までの検討により、IL13が脂肪幹細胞の表現型に影響を与えている可能性が示唆された。APDP細胞はCXCR5を特異的に発現している。CXCR5はIL13の受容体であり、IL13が脂肪幹細胞の表現型に影響を与えている可能性が予測される。IL13の中和抗体を投与することによって、脂肪幹細胞のAPDP細胞分化が変化するかどうかを検討する。その他の液性因子の関与に関してもメタボローム解析などの手法を用いて検討を行う。 また、Rad51が脂肪細胞分化増殖に関与していることを明らかとしてきたが、このメカニズムに関して、ヒストンのChip-seqの技術を用いて、クロマチン修飾への関与の可能性を探る。また、Rad51ヘテロノックアウトマウスの表現系として脂肪細胞新生が抑えられ、炎症細胞浸潤が抑制されるが、このようなモデルマウスは極めてユニークであり、このマウスを用いて、脂肪細胞新生から炎症へのダイナミズムに関る因子を同定することは、Rad51ヘテロノックアウトマウスを用いて初めて可能となる研究であると考えている。
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