研究課題
若手研究(B)
インスリンシグナルを仲介するIRS-2にユビキチンリガーゼNedd4が結合すると、IRS-2がモノユビキチン化され、インスリンに応答したIRS-2のチロシンリン酸化が促進、インスリン活性が増強される。この現象の分子メカニズムを解明するため、まず、IRS-2とNedd4の結合の制御機構を調べた。その結果、肝細胞をグルコースやアミノ酸が欠乏した培地で培養すると、Nedd4とIRS-2の結合量が増加することを見出した。更に、Nedd4のC2ドメインとIRS-2のPH-PTBドメインが互いの結合領域であり、グルコース不足に応答してNedd4に何らかの分子修飾が起こりPH-PTBドメインに対する親和性が上昇することがわかった。現在、Nedd4の分子修飾についてLC-MS/MSを用いて解析を進めている。次に、IRS-2と結合したNedd4によるIRS-2のユビキチン化部位を調べるため、種々の領域を欠失したIRS-2の変異体をNedd4と共に細胞に発現し、IRS-2のユビキチン化の有無をイムノブロット法で調べた。並行して、Nedd4を過剰発現した細胞を用いIRS-2のユビキチン化部位をLC-MS/MSにより解析した。一連の解析の結果、PTBドメインの幾つかのリジン残基がユビキチン化を受けることがわかった。現在、このリジン残基を置換したIRS-2変異体を作製し、インスリンシグナルの調節におけるこれらリジン残基の役割を確認している。また、Nedd4の過剰発現によりIRS-2との結合量が増加するタンパク質群の中に、ユビキチン結合ドメインを有するタンパク質を見出した。このようにNedd4によるIRS-2を介したインスリンシグナルの増強機構の解明が進んできており、次年度に予定している、個体レベルにおけるこの機構の意義を解析する研究の基盤ができつつある。
2: おおむね順調に進展している
Nedd4-IRS-2複合体の形成メカニズムに関しては、グルコースやアミノ酸の不足を細胞が感知し、何らかの仕組みを介してNedd4に分子修飾が引き起こされ、これ契機に複合体形成が促進することが明らかとなった。栄養因子の有無の情報を伝達する細胞内シグナル分子の代表としてmTORが有名だが、予備検討からmTORを介さずにNedd4に情報が伝達されることが判明している。本研究を更に進めることにより、新規の栄養モニター機構の発見に繋がると期待している。栄養因子の不足に応答したNedd4の分子修飾は不明であり、現在解析を進めているところである。また、Nedd4のC2ドメインが複合体形成に必要な領域であることが明らかとなり、予備検討では、このドメインのみからなる変異体を細胞に過剰発現すると野生型Nedd4とIRS-2の複合体形成が阻害された。この成果から、同様の手法によって次年度では生体内のNedd4-IRS-2複合体を乖離させる実験を行うことができると考えている。IRS-2のユビキチン化を契機にどのような仕組みでインスリンシグナルが増強されるかに関しては、ユビキチン化の候補部位や、IRS-2のユビキチン化を特異的に認識するタンパク質の候補を明らかにすることができた。しかし、分子機構の全貌は明らかでなく、今後、ユビキチン化部位を置換したIRS-2の変異体や、このユビキチン結合タンパク質の機能解析を進めることによって、解明できると考えている。このように、計画はおおむね順調に進展しており、より詳細な分子機構を解明する段階へと入ってきている。また、当初予想していなかった新規機構の存在が期待される状態である。
これまでの研究成果から、グルコースやアミノ酸の不足に応じてIRS-2とNedd4の結合が促進することがわかったが、他の栄養素や炎症性サイトカインに応じた結合量の変動も検討する。更に、どのようなメカニズムを介してこれらの栄養因子・サイトカインの情報がNedd4へと伝達されるのか、Nedd4の分子修飾やNedd4に結合するタンパク質の解析を通じて明らかにしていく。また、Nedd4によるIRS-2のユビキチン化を介してインスリンシグナルが増強される仕組みに関しても上記のように不明点があるので、ユビキチン化部位を置換したIRS-2の変異体や、ユビキチン化したIRS-2を認識するタンパク質の機能解析を通じて明らかにしていく。3週間60%へ摂取カロリーを制限したマウス、3週間メトフォルミンを投与した肥満マウス(ob/ob)は、カロリー制限やメトフォルミン投与を行わない対照群と比べてインスリン活性が増強することが知られている。これが上記の解析で明らかになったメカニズムを介して起こるか調べるため、これらのマウスの肝臓のIRS-2とNedd4の結合量を調べる。更に、これらの肝臓へ、アデノウイルス法により①Nedd4のshRNAを導入する、②IRS-2とNedd4の結合領域を過剰発現し結合を阻害する、あるいは、③モノユビキチン化したIRS-2を認識するタンパク質のshRNAを導入する。その後、血糖値、耐糖能、肝臓のインスリンシグナルや糖・脂質代謝酵素のmRNA量などを測定し、カロリー制限やメトフォルミン投与によって増強していたインスリン活性がどの程度減弱するか調べる。これらの解析を総合し、IRS-2のモノユビキチン化を介したインスリンシグナル増強機構を解明し、このしくみによって低栄養状態やメトフォルミンに応答して肝臓のインスリン活性が増強することを証明する。
細胞内シグナル伝達の研究分野で多くの研究費を使用する試薬は「遺伝子導入試薬」や「シグナル分子を認識する特異的抗体」であるが、これらは少なくとも40,000~50,000円の価格である。本年度末の段階で、これらの試薬価格に満たない21,108円の研究費の残余が発生した。上記のように、本年度に予定していた研究はおおむね当初の計画の通りに遂行できたが、栄養因子の不足に応答したNedd4-IRS-2複合体形成や、IRS-2のユビキチン化を介したインスリンシグナル増強機構の分子機構について、詳細には解明しきれなかった部分がある。そこで、そのような点を解明する研究に必要な抗体等が購入できるように、次年度にこの残った研究費を繰り越すことにした。この繰越金は、翌年度に請求する研究費と合わせ、「今後の研究の推進方策」の前半部分に記した分子機構の研究に必要な試薬の購入に使用させていただく予定である。
すべて 2013 2012 その他
すべて 雑誌論文 (10件) (うち査読あり 8件) 学会発表 (2件) 備考 (1件)
化学と生物
巻: 51(6) ページ: -
Adipocyte
巻: 未定 ページ: 未定
Biochem Biophys Res Commun
10.1016/j.bbrc.2013.03.029
Am J Physiol Endocrinol Metab
巻: 302(3) ページ: E286-296
10.1152/ajpendo.00324.2011
Arterioscler Thromb Vasc Biol
巻: 32(2) ページ: 291-298
10.1161/ATVBAHA.111.234559
Clin Endocrinol (Oxf)
巻: 77(2) ページ: 246-254
10.1111/j.1365-2265.2012.04357.x
Mol Endocrinol
巻: 26(6) ページ: 1043-1055
10.1210/me.2011-1349
巻: 423(1) ページ: 122-127
10.1016/j.bbrc.2012.05.093
J Biol Chem
巻: 287(35) ページ: 29713-29721
10.1074/jbc.M112.393074
巻: 287(53) ページ: 44526-44535
10.1074/jbc.M112.397133
http://home.hiroshima-u.ac.jp/ikagaku/