本研究では,早期産児を含む新生児を対象に,母親の声を聴かせたときの脳活動と呼吸運動の関連性を調べ,大脳新皮質における呼吸調整機能の発達について評価することを目的とした。本研究では特に,母親の声を聴かせることにより新生児の無呼吸発生率が軽減したという先行研究に着目し,音声知覚による呼吸調整の神経機序について調べた。 以上の目的を達成するため,新生児の保護者から協力を得て,母親の声を聴かせたときの胸部呼吸運動・心拍・脳波・オプティカルトポグラフィの同時計測を行った。計測は新生児が浅い睡眠状態の時に行い,参加した新生児63名のうち,早期産児21名(出生週数27~35週;検査時週数34~36週),正期産児21名(出生週数37~41週;検査時週数38~41週)の計42名から体動ノイズを含まない良好なデータを取得した。また,計測中は母親の声だけでなく未知の女性の声も聴かせて,呼吸や神経活動への影響を比較した。 分析の結果,通常の音刺激に対して生じる短潜時の急激な呼吸変化が,母親の声を聴いた場合には抑えられることが分かり,その抑制機序として前頭極を介した情動評価メカニズムの関与が明らかになった。また,母親の声を聴かせると,持続的注意に関連する脳波の出現とともに呼吸が緩やかに上昇し,このときは前頭極だけでなく背外側前頭前野の働きも関係することが明らかになった。以上のような傾向は,正期産児群では顕著に見られる一方,早期産児群では確認できなかった。 以上の結果から,まず,母親の声には急激な呼吸変化を和らげる効果があり,そうした効果をもたらすのに充分な神経システムは,受胎後40週程度の大脳皮質において既に稼働していると結論する。また,母親の声に対する持続的注意の神経活動が呼吸運動を調整することも確認された。このような高次の認知活動に応じた呼吸調整システムも,受胎後40週程度で既に稼働し得ると結論する。
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