青年期に好発する不安障害やうつ病などの精神疾患の発症脆弱性や治療反応性の有無には個人のストレス耐性の差が強く関与していると考えられる。それには出生後に発現調節を受ける、DNAメチル化に代表されるエピジェネティックな現象、特に小児(発達)期における脳内遺伝子のエピジェネティックな再編成の関与が考えられる。本研究ではマウスにメチルドナー制限食を用いて促した小児期のDNAメチル化の再編成が、成長後のストレス耐性、刺激に対する生理的反応、不安・抑うつ・社会性等の行動面に影響を与えることを多角的に検証、発達期脳内遺伝子制御の与える精神疾患への影響を探り、再編成したDNAメチル化の回復が治療につながることを検討する。出生後発達期に遺伝子がある種の要因によってDNAメチル化を含めたエピジェネティックな再編成を受けることは、①その後の精神疾患の発症脆弱性、もしくは②発症に対する抵抗性をもたらし、効果的な治療は発症脆弱性につながった変化を回復させると考えている。本研究では、マウスの発達期(生後3-6週)にメチルドナー制限食を与えた群(FMCD群)と、通常食群(CON群)を設定し、制限食終了直後と、そこから成体に成長した12週の個体を対象に、恐怖条件付けや高架式十字迷路に加え、それらの行動に強く寄与する海馬の遺伝子発現を確かめた。その結果、6週目のFMCD群ではDNAメチルトランスフェレースDnmt3bやNDMA受容体遺伝子発現の変化が見られた。恐怖条件付けにおいては、恐怖学習に障害が見られた。通常食に戻したFMCD群12週目の個体では、遺伝子発現に回復が見られたものの、学習した恐怖の定着が障害されており、GABA受容体遺伝子発現の変化が関係していることが示唆された。本研究により、若年期発達期の脳でDNAメチル化の再編が生ずると、その後の環境が通常に戻っても行動への影響が続くことが示唆された。
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