本研究は乳腺を特徴づける最も豊富な間質である脂肪組織に着目し、癌進展における脂肪組織の役割の解明を目指すものである。前年に引き続き、臨床検体における癌部、非癌部脂肪組織よりコラゲナーゼ処理により浮遊脂肪細胞を単離し、天井培養・コラーゲン培養といった培養法を用いて、そのプロファイルの検討を行った。天井培養法において、臨床検体から天井接着脂肪細胞を安定して回収することは困難であったが、癌組織においてより未分化と考えられる天井接着脂肪細胞が回収される傾向にあった。同様のサンプルを用い、コラーゲン3次元培養を行った。脂肪細胞は脱分化し、より未分化紡錘形細胞となって増殖した。癌部と非癌部において、その細胞数を比較すると、癌部にて非癌部より有意に未分化脂肪細胞数が増加した。前出の天井培養結果とも合わせると、脂肪細胞は癌の存在により脱分化の方向に向かうことが示唆された。癌によりプライミングされた脂肪細胞の癌進展に果たす役割を確認するため、培養上清によるケモタキシスアッセイを行った。結果、癌部脂肪細胞の培養上清によって乳癌細胞株の走化性は非癌部培養上清に比べて有意に増加した。 癌細胞と脂肪細胞の相互作用のさらなる評価のため、単離された非癌部脂肪細胞と乳癌細胞株をコラーゲン内で共培養を行い、同様の変化がみられるか検討した。コラーゲン培養下で非癌部脂肪細胞は癌細胞が添加されると、非存在下より細胞数が増加した。これら共培養より得られた培養上清においても、ケモタキシスアッセイにおける乳癌細胞株の走化性は増加した。 これら癌細胞存在下での脂肪細胞より分泌される因子を同定するため、培養上清におけるアディポカイン抗体アレイを施行したところ、IL-6やMCP-1といったケモカインの増加が確認された。以上より、乳腺脂肪細胞は癌の存在により未分化な状態へと脱分化し、癌細胞の走化性を増加させると考えられた。
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