現在臨床利用されている全身麻酔薬には、連用投与でその作用に対して耐性が形成されることが、臨床上、動物実験双方で報告されている。本研究の目的は全身麻酔薬に対する耐性形成のメカニズムを神経化学的に解明することである。亜酸化窒素の鎮痛作用に対する急性耐性が形成されることが明らかなWistarラットを用いて、急性耐性形成に関与するとされる細胞内情報伝達系のProtein-kinase C(PKC)活性に影響を与えるカンナビノイドCB1受容体遺伝子の発現変化を検討した。雄性Wistarラットに75%亜酸化窒素を4時間吸入させた後、断頭し脳を取り出し、大脳皮質、小脳、海馬、線条体、脳幹の5部位に分けて、RT-PCR法を用いてCB1受容体遺伝子の発現量を測定した。対象ラット脳と比較した結果、線条体でCB1受容体遺伝子の発現量が減少する傾向を認めた。 最近、PKC阻害薬を脳室内投与すると、マウスにおける亜酸化窒素の鎮痛作用に対する耐性形成が阻止されることが報告された。CB1受容体はPKCを活性化するGs蛋白に共役していることから、今回の結果は線条体における変化と鎮痛作用との関連は不明であるが、亜酸化窒素の吸入によってCB1受容体が減少し、PKC活性や急性耐性形成に関与していることを示唆するものである。 また、ラット脳波の観察においてセボフルランの鎮静作用は、90分程度の短期間のでも耐性が形成されることが報告されている。これを行動学的に評価するために、ロータロッド試験を用いてその運動行動に耐性が形成されるかを検討した。セボフルラン0.3 MAC投与下にロータロッド試験を行った。正向反射は継続して保たれたが、ロータロッド試験は麻酔薬投与下では抑制されたままであった。この結果から、吸入麻酔薬の脳での耐性は早期に形成されるが、脊髄レベルでは作用が継続し、麻酔作用を発揮している可能性が示唆 された。
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