本研究では新規ヒト脂肪由来多系統前駆細胞(hADMPC)に様々なストレスを負荷させることによって、幹細胞からの高効率な三胚葉系由来細胞への分化誘導法を開発し、細胞治療の実用化に資する技術基盤を確立することを目的とした。hADMPCをさまざまなストレス環境下で培養することにより、hADMPCにどのような影響が起こるのか、主に細胞増殖、分化能、サイトカイン分泌に与える影響について検討したところ、それらのストレスのうち、酸化ストレスを与えたhADMPCの培養上清が、PC12細胞の神経伸長を著しく促進することを見出した。そこで、神経伸長に関連すると思われるサイトカインについて解析したところ、酸化ストレス暴露培養下におけるhADMPCでは、BMP2とFGF2の発現量、分泌量ともに増加していることが明らかとなった。そこで、hADMPC 内での酸化ストレス負荷によるBMP2、FGF2 の発現誘導メカニズムを解明するために、MAPキナーゼシグナルに注目し、解析を行った。すると、hADMPCでは酸化ストレス負荷により、p38とERK1/2MAPキナーゼが上昇することが判明した。そこで、p38MAPキナーゼ阻害剤を添加したところ、酸化ストレス負荷によって上昇したFGF2、BMP2の発現がコントロールレベルまで抑制された。さらに、p38MAPキナーゼの上流因子であるMKK6の恒常的活性化型を導入し、強制的にhADMPCのp38MAPキナーゼを活性化させたところ、FGF2とBMP2の発現、分泌上昇を認めた。一方、ERK1/2MAPキナーゼ阻害剤の添加ではFGF2、BMP2の発現レベルは変化がなかったことから、hADMPCにおけるFGF2、BMP2の発現、分泌上昇は、p38MAPキナーゼを介していることが判明した。以上の結果は酸化ストレスならびにp38MAPキナーゼ活性化が、神経再生医療へ応用できる可能性を示唆するものである。
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