2013年度はアリストテレスの自然哲学系統の文献学的読解を基礎作業として行う一方で、ギリシア自然哲学全般における素材的原理(アルケー)と物体の関係をソクラテス以前の哲学者にまつわる資料を基に解析を試みた。その結果、ギリシア自然哲学の展開は、物体の分割性にまつわる問題の漸進的発見と解決案の提示で織りなされている、という発展史的全体像が示唆された。すなわち、1)物体を分割後に最終的に残るもの、換言すれば物体のアルケーとは何か、という模索から始まり、2) アルケーはいかなる特性を持つか、3) アルケーから物体が発生するプロセスはいかなるものか、4) アルケーから熱や色といった物体の属性はいかに発生するか、という問いである。 ただし、この示唆の妥当性は、アリストテレスが提示したソクラテス以前の哲学思想理解が概ね正しいと仮定するという方法論的読解の妥当性に依拠する。昨今のソクラテス以前の自然哲学研究ではオリジナルの思想を抽出することに専念するあまり、プラトンおよびアリストテレスによる報告や分析を資料として軽視、除外する傾向がある。しかし、この傾向は、a)ソクラテス以前の哲学思想を彼らがわれわれの期待以上に正確に咀嚼していた可能性を軽んじており、b)そもそも資料の筆者の大部分はアカデメイア派およびペリパトス派的哲学思想の影響下にある人物であるという事実を無視している。ただし、アリストテレスによる彼らの理解が正しいか否かも、それ自身実証すべき方法論的前提である。そのための試みのひとつとして、この前提を仮説的に採用した場合におけるタレスをはじめとするミレトス学派の思想展開の整理を試み、一部を下記研究業績中の北京大学と熊本大学における研究発表で公表した。その結果、ソクラテス以前の哲学思想研究における方法の確立と、その妥当性の検証が新たな課題として浮彫となった。
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