本研究は、近代フランス市民社会の形成に深くかかわる「親密な私生活(アンティミテ)」の概念が、資本主義の発展とともにどのように変遷し、現代を生きる我々が共有する一般的なあり方になったのかを、文学と絵画という二つの方向から明らかにすることを目的としてきた。 初年度および二年目の前半では、フランス革命以前の貴族や富裕なブルジョワ階級における「公」と「私」の概念の発展史をたどるため、ロココ美術における室内風俗画や、ディドロ、ルソーら啓蒙思想家による市民社会をめぐる言説、さらにはラクロやメルシエらの小説における室内描写を比較した。19世紀の半ば、絵画の序列においては下位に位置する「風俗画」が、富裕層の私的空間を快適に演出するための装飾品として、かつてなく注目され愛好された。哲学思想や文学作品もまた、快適な室内におけるサロン文化の親密性(アンティミテ)のなかで醸成されたのちに、カフェや広場といった公共空間へと伝播し、革命を準備したと考えられる。 年次の後半では、革命後のブルジョワ階級を中心とする市民社会が、七月王政(1830-48)、第二帝政(1852-70)において盤石なものとなったことを踏まえ、第二帝政下のセーヌ県知事オスマン男爵によるパリ大改造に注目した。パリのモニュメントなど都市空間の整備を主目的とした公共工事と一般に理解されるこの事業は、しかしアパルトマンのような個人建築のレベルにおいても住環境の著しい改善をもたらし、現在われわれが理解するところの「親密な私生活」という価値観を確立した。パリ大改造がブルジョワ階級の私生活にもたらした影響は、観劇スタイルの変化や印象派による風俗画の発展、モードの文化など、あらゆる文化史的文脈に見出すことができる。「アンティミテ」をめぐるオスマン大改造と文学・美術の相関関係については、紀要論文やシンポジウムへの参加というかたちで発表した。
|