適切な対処行動の選択に寄与すると考えられている不快情動体験は,情動刺激の処理がすぐに扁桃体に送られる皮質下経路と,情動刺激の処理が大脳皮質を経由してから扁桃体に送られる皮質経路の二経路から生起することが示されている。不快情動の体験不全により適応を損なう可能性が指摘されている抑圧型は,先行研究に基づけば,肯定的な記憶を偏って想起しやすく,その心理学的メカニズムとして,不快情動喚起刺激が提示された際に行われるべき皮質経路による情報の精緻化が行われないこととの関連性が示唆されている。そこで,不快情動刺激に対する精緻化が,不快情動体験生起に関わるかについて,大学生・大学院生40名の実験協力を得て検討した(研究2)。 結果は,抑圧型の傾向に関係なく,先に喚起された情動が何であれ(不快/中性/快),特にネガティブ情動語の記銘は自動的には多くなされるが,意識的に思い出そうとする場合には,不快情動喚起刺激を注視させて精緻化を促さないと,その後の単語の想起がより困難であることが示された。また,群間差は大きくはないものの,抑圧型の傾向が高い場合,情動喚起刺激の処理の精緻化を促さないと,全般的に単語の記銘がなされにくいにも関わらず,意識的に思い出すときにはポジティブ感情が喚起された後の情動語を有意に思い出しやすいことが示された。即ち,不快情動喚起刺激を精緻化していない場合は,その後の記憶を想起することがより難しいこと,抑圧型の傾向が高いと刺激の処理の精緻化を促さない限り情報の記銘自体がなされにくいにも関わらず,意識的に記憶を想起する際にはポジティブ情動が喚起された後の記憶を偏って想起する可能性が示された。ここから,抑圧型の傾向が高い場合には,皮質経路における刺激の処理の精緻化を促す働きかけは,全般的な情報の記銘につながる可能性も示唆されたと言える。
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