現代のアメリカ大統領は、法案に署名する際に署名見解(signing statement)と呼ばれる文書を付与する。大統領はこの中で、法律の一部無効について宣言する。アメリカ合衆国憲法は、大統領に「法の誠実な執行」を義務づけており、法の不執行の権限は認めていない。 署名見解が耳目を集めるようになったのは、ジョージ・W・ブッシュ大統領による拷問禁止法に対する署名見解であった。大統領はこの中で、拷問を禁止すると定めた議会に対して、その条文を違憲無効と宣言した。 本研究プロジェクトの目的は、アメリカの大統領がどのように署名見解を正当化し、実際に運用しているのかを明らかにすることであり、本年は、ジョージ・W・ブッシュ大統領による署名見解の分析に取り組んだ。署名見解についてのデータ・セットを作成し、統計分析を行った。その結果、以前の政権と比べても、一部無効を宣言する署名見解がより積極的に使用されている傾向があることを確認した。 そこで、具体的な事例として、拷問禁止法をめぐる大統領と議会の攻防に着目し、政権側がどのように署名見解を正当化していたのかを明らかにした。ブッシュ政権の法律家たちによれば、「法を誠実に執行する義務」とは、大統領自身が違憲だと認定した条文を執行しないことを意味していたことが明らかとなった。このように憲法に定められた「法を誠実に執行する義務」を解釈することは異例ではあるが、ブッシュ政権はそのような解釈を根拠にしていたことを突き止めた。
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