現代のアメリカ大統領は、議会を通過した法案に対して、署名をしながら、同時に、法案の一部についての違憲無効を署名時声明(signing statement)と呼ばれる文書の中で主張する。アメリカ合衆国憲法は、大統領に対して、法案に署名するか拒否権を行使するかを認めているのみであり、署名しながら、一部に違憲を主張するということは許していない。このような大統領の奇妙な振る舞いは、レーガン政権期から制度化されてきた。 本年は特に、ジョージ・W・ブッシュ政権における署名時声明の運用に着目した。中でも、2006 年会計年度国防総省歳出予算法案への署名時声明を取り上げた。この法案の一部が、拷問禁止法として知られているが、ブッシュ大統領は予算法全体には署名しながら、拷問禁止を定める条文は大統領の軍の司令官としての権限を侵害するために違憲だと述べた。この署名時声明を手がかりにして、ブッシュ政権が、署名時声明という憲法に書かれていない振る舞いを、どのように正当化していたのかを調査した。その際には、議会公聴会資料などを用いて、政権内部の法律家の主張していた法理論を明らかにした。 本研究では、大統領が、自分を支える法律家たちの法的理論を用いることによって、大統領が取ることにできる振る舞いの幅を増やしていくメカニズムを明らかにすることができた。これは、「厳格な三権分立制」として知られるアメリカの政治システムが、実際には変容していることを意味しており、日本におけるアメリカの政治体制理解に対して貢献するものだと考える。
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