研究課題/領域番号 |
24830026
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研究機関 | 東京大学 |
研究代表者 |
鴨野 洋一郎 東京大学, 総合文化研究科, 学術研究員 (80631192)
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研究期間 (年度) |
2012-08-31 – 2014-03-31
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キーワード | 経済史 / 西洋史 / フィレンツェ / オスマン帝国 / 国際情報交換(イタリア) |
研究概要 |
本年度では、まず15-16世紀にフィレンツェがオスマン帝国と行った貿易の実態を、フィレンツェにおける「貿易する織元」の成長と関連付けて調査した。「貿易する織元」とは、毛織物を製造しつつそれを国外市場で自ら販売する毛織物会社を指す。本研究ではこうした織元の例としてすでに星野秀利が取り上げたグワンティ家の毛織物会社に着目し、会社が残した経営記録を綿密に調査した。この会社は製造したガルボ織を自社の駐在員を介しオスマン帝国で販売した。同社がオスマン貿易を継続しそこから利益を得るには、貿易でかかる経費が低く抑えられ、その構成が予測可能でなければならなかった。そこで本研究では経営記録から貿易経費の詳細を調査し、5回の発送で売上高に対する経費の比率がある程度一定で、経費の構成がおおむね予測可能であったことを解明した。こうした予測可能性は、グワンティ毛織物会社のような中規模会社を国際商業に参入させる重要な動機となったはずである。この研究結果を『史学雑誌』第122編第2号に発表した。 さらに本年度では、フィレンツェの会社や商人が残した会計帳簿や商業書簡を利用し、フィレンツェによるペルシア生糸輸入の実態も調査した。フィレンツェ経済にとって、ペルシア生糸は絹織物の原料としてのみならず、フィレンツェの各会社を結び付け、オスマン貿易を促進させる商品としても重要であった。ペルシア生糸が安定的に輸入されるには、調達地であるオスマン帝国からフィレンツェまでの輸送が安全に行われる必要があった。そこで本研究では、ペルシア生糸輸入の実態を調査することで、この輸送が安全に行われるための制度的な仕組みが整っていたことを解明した。また、ペルシア生糸を通じてフィレンツェの各会社が密接に結び付いていた事実も明らかにした。この研究結果を『西洋史学』第247号に発表した。 以上が、本年度の研究実績の概要である。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本年度では、当初の研究目的を達成すべく、おおむね順調に研究を進めることができた。まず、留学中に収集したグワンティ毛織物会社およびセッリストーリ金箔会社に関する膨大な撮影史料を丁寧に読み込みんだ。すでに博士論文執筆の段階でこれらの史料を利用したが、本年度ではテーマを絞ってこれらを調査し、オスマン貿易でかかった経費やペルシア生糸輸入に関する新たな知見を得た。そしてその調査結果を、論文として公表した。この点については、当初の計画に沿った研究を進めることができた。 さらに本年度では、当初の計画で次年度に行うこととしていたジョヴァンニ・マリンギ商業書簡の読解も進めることができた。マイクロフィルムのコピーという形でイタリアより持ち帰ったマリンギ商業書簡を丁寧に読み込み、会計帳簿からは得られないオスマン帝国に駐在するフィレンツェ商人の様々な証言を集めた。この調査結果を、前述の2つの会社の史料から得た結果と合わせて検討することで、3つの史料群からオスマン貿易の実態にさらに迫った。こうして、本年度では、貿易経費に関する『史学雑誌』掲載論文およびペルシア生糸輸入に関する『西洋史学』掲載論文という、相互に有機的に関連する二つの研究結果を公表することができた。 しかし、本年度においては所属大学の移動が決まり、それに伴う諸準備等を行ったために研究計画の一部を変更した。そのため当初の計画を完遂してそれ以上の結果を得る、という段階には至っていない。本年度に達成できなかった計画については、次年度に行うべく努力する。 ただ全体として見るならば、研究はおおむね順調に進展した。次年度では、本年度で得た研究結果を基に、さらに新たな史料も調査することで、フィレンツェ・オスマン貿易の実態に様々な角度から迫る。そしてその研究結果を、引き続き学術誌に公表していくこととしたい。
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今後の研究の推進方策 |
次年度においても、フィレンツェ・オスマン貿易の実態解明に向けた史料調査という基本方針を維持する。引き続き、フィレンツェの経営記録が主要な調査対象となる。 次年度ではまず、フィレンツェのカンビーニ商会が残した一連の備忘録を調査する。商会は地中海を舞台に広範な商業活動を展開したが、オスマン帝国との貿易にも参入した。次年度では商会が地中海規模で行った赤色染料輸入に着目し、各種染料の産地や発送地、 フィレンツェでの価格を分析する。そしてこの輸入とオスマン貿易との関係を当時の国際情勢も考慮しつつ検討する。これにより、フィレンツェの大規模商会とオスマン貿易との関連性を明らかにし、その研究結果を学術誌で公表する。 次に、次年度ではフィレンツェ商人アントニオ・セーニの会計帳簿を調査する。彼はオスマン帝国に駐在して商業活動を行い、その内容を帳簿に記録した。星野秀利はこの帳簿から毛織物販売に関するデータを取り出し、その分析結果をまとめた。ただ、オスマン帝国におけるセーニの商業活動全体を検討した研究はこれまでなされていない。そこで次年度では、セーニの帳簿を丁寧に読み込み、彼が取り扱った商品、取引相手、取引方法、商品の輸送経路、輸送方法等の側面から検討する。そしてその結果を、すでに調査したバルトロメーオ・グワンティのオスマン帝国における商業活動のあり方と比較する。 次年度では以上の研究を、イタリアで撮影した膨大な史料の解読を通じて進める。解読に際して不明な点等があれば、イタリアの研究者と密にコンタクトを取ることで解決する。さらに可能であればイタリアに渡航し、フィレンツェ内外の古文書館でカンビーニ商会やアントニオ・セーニに関連した史料の調査を行う。そして研究結果を学術誌に公表し、様々な研究者との交流を通じてその研究結果にいっそうの磨きをかける。 以上が、今後の研究の推進方策である。
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