本年度は,これまで蒐集した文書資料の精査と前年度につづき蒐集が必要となった音楽教育関連の雑誌及び文書の調査を行った。特に,昭和初期の「唱歌科」における楽器を扱った指導の実践事例や楽器の整備状況及び課外活動としての器楽活動,さらにそれらの活動に関連した先駆者の理念について調査した。 昭和初期には,有力な音楽教育の実践者によって当時の子どもたちの合奏における芸術性への懸念が示されていた一方で,先駆的な器楽指導の実践者であった上田友亀によって,身体的な操作を伴う楽器の演奏によりリズム・旋律・音楽構造への深い理解を促せるといった楽器演奏の有効性が提示されており,当時の器楽指導を取り巻く議論には,楽器を奏する行為そのものの子どもへの有効性と,結果として生み出される音楽の芸術性という主に2つの観点が存在していたことが明らかとなった。 課外活動としての「吹奏楽」活動については,学校行事で外部から雇った演奏楽隊が演奏する場合が見られたが,実際には彼らの演奏の粗雑さやそれによる行事の質の低下等が問題視されており,課外活動で子どもによる楽隊を編成し行事前になると頻繁に練習を行った背景には,子どもの「情操陶冶」に関する狙いだけでなく,学校行事を潤滑に行うために音楽的効果を上げるという狙いもあったと考えられる。 本研究において,戦前期の器楽活動の特質や音楽教育者・実践者の理念を検討することによって,当時とらえられていた器楽活動の有効性や課題を明らかにしたことは,現在の学校教育における子どもと楽器とのかかわりの必要性や器楽指導に内在する課題とその解決に関する研究,及び戦前と戦後との理念と実践上の連続性を明らかにする研究に寄与できたといえる。
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