水素は金属材料中に容易に侵入し,静的強度や疲労強度などを低下させる水素脆化を引き起こすことが知られている。水素脆化による損傷は環境助長割れと呼ばれ,プラントなどの腐食環境下で使用される構造物において発生する。また,高強度鋼の遅れ破壊の原因でもある。 近年では,環境負荷低減を目指した水素社会の実現が望まれており,水素を有効利用する燃料電池自動車や定置用燃料電池の実用化が重要課題として注目されている。そのために水素ステーション用貯蔵タンクやパイプラインなどのインフラ設備の整備が必要である。しかしながら,上記のように水素環境での金属の使用は水素脆化を起こす可能性があるため,その材料の選定や規格化が急務であるとともに,水素脆化を抑止する技術の開発および金属材料の水素脆化敏感性評価も同じく重要である。そこで本研究課題では圧子押込み試験を用いた耐水素脆化層の評価法を構築することを目的とする。 2012年度は,水素添加したステンレス鋼SUS316Lに対し,水素添加時間を変化させながら圧子押込み試験およびマクロ歪測定を行い,逆問題解析を用いた降伏応力推定法により水素がSUS316L表面層の機械的特性に及ぼす影響を明らかにした。その結果,水素添加前では300MPa程度であった降伏応力が水素添加時間の増加に伴って増大し,48時間後には600MPa以上となり,水素侵入により表面層が大きく硬化することがわかった。さらに圧縮のマクロ歪が導入され,48時間後には100MPa以上の圧縮マクロ歪が残留した。また,水素添加終了後に放置し,14日後には降伏応力,マクロ歪ともに元の状態に戻ることがわかった。したがってこの変化は水素による物理的な可逆変化であることが明らかとなった。
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