本年度は、生体防護機能を考慮した放射線に対する発がんリスク評価手法の開発として、時系列解析を統一的に扱うことが可能なベイズ型統計モデルの一つである状態空間モデルを用いて細胞動態のパラメーター(突然変異率・増殖率・アポトーシス率)の年齢及び被ばく線量による変化を広島長崎の被爆者の最新の疫学調査のデータから逆推定した。 従来の発がんモデルに基づく解析では、疫学データから細胞動態のパラメーターをそれぞれ単独で推定することはできず、重畳した値として推定されるのみであった。このため細胞実験によって突然変異率などのデータ求めても、疫学データに基づく発がんモデルでの解析にその結果を反映することは困難であった。そこで、状態空間モデルを用いることにより、細胞レベルの現象と疫学データを結びつけることを可能にし、従来は困難であった細胞実験データをヒトの発がんリスク評価に反映する手法の第一段階を開発した。 得られた知見として、被ばく時年齢が0-9歳の集団のデータを検討した結果、がんリスクを下げる生体防護機能として重要なアポトーシスは、年齢と線量に対してはほぼ一定の値を取ることが判った。また、被ばく線量が1000mGy以上の集団では突然変異率が線量と共に上昇することを確認したが、1000mGy以下の線量領域では突然変異率は95%ベイズ信用区間を考慮すると明確な変化はないことが判った。 以上より、状態空間モデルを用いて放射線に対する発がんリスク評価に必要な細胞の動態のパラメーターを推定する手法を開発した。 得られた知見は、放射線の健康リスク評価の高精度化や健康増進対策の指標の開発に貢献できると考える。
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