研究課題
ナルコレプシーは過眠症のひとつであり、日中の強い眠気と情動脱力発作を主徴とし、複数の遺伝要因と環境要因により発症する多因子疾患として知られる。代表的な遺伝要因としては、ナルコレプシー患者の88-100%がHLA-DQB1*06:02対立遺伝子をもつことが報告されている。しかしながら、HLA-DQB1*06:02対立遺伝子は健常者にも10-20%と高頻度でみられることや、これまでの遺伝統計学的な解析から、HLA以外の遺伝的素因の存在が強く示唆されている。研究代表者はこれまでに、日本人ナルコレプシー患者425名、日本人健常者1626名を対象としたゲノムワイド関連解析を行い、3番染色体上の免疫関連遺伝子Aのプロモーター領域に位置する一塩基多型(Single Nucleotide Polymorphism, SNP)が、ナルコレプシーと強く関連することを見出した。本研究では、同定した疾患感受性SNPが遺伝子Aの発現制御を通して、ナルコレプシー発症に関与するかどうかを明らかにする。本年度は、ナルコレプシー患者の遺伝子AのmRNA発現レベルが、健常者と比較して有意に低いことを見出した。さらに、疾患感受性SNPのリスクアリルをホモで持つ人は、そうでない人と比較して、遺伝子Aの発現レベルが低いことも明らかにした。遺伝子Aの代表的な機能は、末梢組織での免疫反応の制御であるため、中枢における役割はあまり知られていない。野生型マウス脳を用いて、遺伝子Aの脳内での局在を検討したところ、視床室傍核や手綱核で発現が認められた。手綱核はレム睡眠量を制御することで知られるため、遺伝子Aが睡眠制御に関与することが示唆される。
2: おおむね順調に進展している
本年度は、①ゲノムワイド関連解析で見出した疾患感受性SNPが遺伝子Aの発現レベルに関連するのか、②ナルコレプシー患者には遺伝子Aの関与する病態が認められるか、を明らかにすることを目標とした。①については、まず、患者38例および健常者37例の末梢血由来のcDNAを用いてリアルタイム定量PCRを行い、遺伝子Aおよび内部標準遺伝子のmRNA量を定量した。結果、患者の遺伝子Aの発現レベルが健常者と比較して有意に低いことを見出した(P < 0.01)。同時に、これら検体のゲノムDNAを用いて疾患感受性SNPの遺伝子型を決定し、遺伝子Aの発現レベルとの関連を検討したところ、このSNPのリスクアリルをホモで持つ人は、そうでない人と比較して、遺伝子Aの発現レベルが低いことも明らかとなった(P < 0.05)。これらの結果から、疾患感受性SNPのリスクアリルを持つことが遺伝子Aの発現レベルの低下につながり、それがナルコレプシーの原因となるという仮説を打ち立てることができた。②については、当初、患者の脳試料を入手し、遺伝子Aの脳内での局在を検討する予定であったが、貴重な検体であるため、まず野生型マウス脳を用いて免疫染色を行った。睡眠に関与する領域を観察したところ、視床室傍核や手綱核で強く発現が認められた。遺伝子Aの脳内での機能はあまり知られていないため、今後の研究につながる重要な知見であると考えている。一方で、当初は、患者の遺伝子Aの発現レベルは健常者と比較して高いという仮説を立て、その下で研究計画を立てていたが、本年度の研究の結果、想定とは逆の結果が得られた。そのため、年度途中で計画を変更し、遺伝子Aのノックアウトマウスの入手と行動実験を行う準備を進めた。想定とは逆になったものの、未然には回避することのできないことであり、得られた結果は興味深いため、今後の発展につながるものである。
第一に、ノックアウトマウスを用いた行動実験を進める。実験実施施設(東京都医学総合研究所)の規定に沿ったマウスの搬入は本年度中に完了した。今後は、実験のための繁殖を経て、行動実験を行い、遺伝子Aの発現低下により睡眠に異常が認められるかどうか検討する。遺伝子Aは、主に循環T細胞や単球等の免疫細胞に発現し、その遊走性を制御することで、免疫細胞の組織への浸潤を促し、炎症の起点となることが知られている。また、ナルコレプシーは、90%以上の患者の脳髄液中で、神経ペプチドであるオレキシンが顕著に減少していることが知られる。さらに、患者脳では、オレキシンを産生する神経細胞(オレキシン細胞)の脱落が認められる。そこで、第二に、オレキシン細胞への免疫細胞の遊走性が、疾患感受性SNPの多型に依存するか検討する。具体的には、ヒト末梢血より単球を単離して遊走能を定量化し、疾患感受性SNPのリスクアリルをもつ人ほど、遊走能が低いかどうか明らかにする。患者脳を用いた免疫染色を行い、オレキシン細胞領域に遺伝子A陽性免疫細胞が集積しているかどうか検討する。
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PeerJ
巻: 1 ページ: 66,80
10.7717/peerj.66