研究課題/領域番号 |
24890225
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研究機関 | 北里大学 |
研究代表者 |
倉内 祐樹 北里大学, 薬学部, 助教 (70631638)
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研究期間 (年度) |
2012-08-31 – 2014-03-31
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キーワード | 脳循環 / レドックスシグナル / 薬理学 / 一酸化窒素 / 神経-グリア-血管相互作用 |
研究概要 |
脳循環の異常は、脳梗塞や神経変性疾患、更には片頭痛など非常に多くの疾患の発症に関与しており、生活の質を著しく低下させている。超高齢化を迎え、糖尿病や高血圧などのリスクファクター保持者が増加し続けている現代社会においては、脳循環の破綻に起因する疾患の罹患者数が増大し続けると予想されるが、未だ有効な予防法あるいは治療法は確立されていない。しかしながら非常に興味深い事に、多くの脳循環障害時には皮質拡延性抑制 (Cortical spreading depression; CSD) という脳微小循環変化のプロセスが出現する事が知られている。本研究ではCSDを抑制する薬物の探索を目的とし、特にレドックスシグナル関連分子の動態を制御する薬物の効果について検討した。実験にはSD系雄性ラットを用い、動物を脳定位固定装置に固定した状態で片側頭蓋骨の2カ所に穴をあけた。片方の穴から大脳皮質表面にKCl溶液を処置する事でCSDを誘発し、もう一方の穴に設置したレーザードップラープローブを用いて脳血流量の変化を測定した。評価薬物は大腿静脈に挿入したカニューレから全身性に投与し、同時に大腿動脈に挿入したカニューレから全身血圧と心拍数を測定した。Vehicle処置群のラットでは、KClの処置により一過性の脳血流量増大と、それに続く持続的な脳血流量の減少が観察された。一方、L-シトルリン投与群では一過性の脳血流量増大に影響する事無く、持続的な脳血流量減少が有意に改善し、この効果は一酸化窒素合成酵素阻害薬であるL-NAMEにより抑制された。以上の結果から、L-シトルリンは一酸化窒素の産生亢進を介して、脳血流量の減少を改善する効果をもたらす事が示唆された。また、糖尿病モデルラットを用いた検討から、L-シトルリンが糖尿病に伴うミクログリアの活性化や神経活動の異常興奮を抑制する可能性がある事も見出した。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本年度は、多くの脳循環障害時に共通して認められる脳微小循環変化のプロセスである皮質拡延性抑制 (Cortical spreading depression; CSD) を誘発させたモデルラットを用い、L-シトルリンが脳血流量の減少を改善する事を見出した。また、諸種阻害薬を用いた検討から、L-シトルリンの脳血流量改善効果には、一酸化窒素産生 (NO) の亢進が関与することも明らかにした。CSDは神経細胞が一過性に脱分極した後、その活動が約60分間持続して抑制される事に起因する神経血管相互作用の反応であると考えられている。そのため、従来は主に神経活動を測定する評価が用いられており、実際の脳血流量変化とは矛盾した結果が得られることが多かった。また、NOの作用に関してもCSD誘発時の脳血流量を改善するか否か明らかではなかった。本研究では、脳血流量の変化をリアルタイムに測定する事ができるレーザードップラー血流計を用いている。さらに全身血圧と心拍数も同時に経時間的に測定しており、L-シトルリンが全身血圧や心拍数に影響せずに脳血流量改善作用をもたらす事を明らかにした。また、NO放出試薬であるNOR3を用いた検討も行っており、L-シトルリン同様にNOR3がCSDの伝播を抑制するという知見も得ることができた。 加えて、脳循環障害発症のリスクファクターである糖尿病に着目し、ストレプトゾトシン投与による糖尿病モデルラットを作製して解析した結果、L-シトルリンを投与し続けた群では、糖尿病モデルラットで観察される脳内ミクログリアの活性化や神経活動の異常亢進が抑制されており、神経-グリア-血管相互作用の恒常性維持におけるレドックスシグナル関連分子の重要性を示す事ができたと考えられる。
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今後の研究の推進方策 |
脳機能の恒常性は、神経細胞のみならずグリア細胞や血管の反応性にも大きく影響を受けている。今後は、神経-グリア-血管相互作用の反応が脳機能に与える影響について、レドックスシグナル関連分子の役割にも更に注目して解析する。この目的のために、皮質拡延性抑制 (CSD) 誘発モデルのみならず、NMDA受容体作動薬による脳血流量増大モデルや、NMDA受容体遮断薬の投与による統合失調症モデル等を用いた解析を行う。予備的な検討で、これらのモデル動物では脳循環の破綻に伴ったグリア細胞の活性化や神経傷害が誘発される事を見出しており、諸種細胞内シグナル伝達系の阻害薬の効果を評価していく。具体的には、MAP kinaseシグナル伝達系や、細胞内カルシウムイオンの増大によって誘導されるcalcineurin/NFATシグナル伝達系に着目した検討を行う。脳機能恒常性の維持に関与する事が示唆されたシグナル伝達系に関しては、特異的抗体を用いた免疫組織化学を行い、シグナル伝達に関与する分子の細胞下分布を詳細に解析する。また、レドックスシグナル関連分子としては、8-ニトロ-cGMPの産生やタンパク質S-グアニル化に着目し、特異的な抗体を用いた免疫組織化学やウェスタンブロット法により、諸種病態モデル動物における細胞下分布や発現量の解析を行う予定である。さらに、脳血流量の変化や神経活動レベルを評価する目的で、MRIを用いた解析の準備を進めているところである。このように、近年発見された新規シグナル分子である8-ニトロ-cGMPの産生動態や、MRIを用いた最先端の画像解析システムを組み合わせる事で、脳循環障害の発症機序を解明し、新規治療戦略を構築する事ができると考えている。
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