研究課題
1. 水の物理に関して : (1)水の熱力学・動力学異常について研究を行い、両者が構造秩序変数そのものとそれを隣接分子まで空間的に粗視化したものによりそれぞれあらわされることを見出した。これは、両者の起源がともに局所的な構造形成に起因していることを強く示唆している。(2)また、水とシリカはともに正四面体構造をとるが、ガラス形成能に関しては、両者は極端に異なる性質を示す。その原因が、水における水素とシリカにおける酸素の空間配列の乱れの度合いの相違からきていることを明らかにした2. 液体・液体転移に関して : Triphenyl Phosphiteにおいて、液体・液体転移のダイナミクスを誘電緩和スペクトル測定により実時間追跡することに成功した。その結果は、我々の提唱する二秩序変数モデルの予測と一致した。3. ガラス転移現象に関して : (1)ガラス状態にある物質のエイジング、結晶化について研究を行い、固体ガラス状態において進行する遅い過程が、粒子の連続的な運動ではなく、雪崩的な運動により誘起されることを見出した。さらに、その背景に、粒子間の力のバランスにより自己組織的に形成される力鎖のネットワーク構造があることを見出した。(2)これまで局所的に安定な構造がないと考えられてきた、2成分粒子系において、独自の方法により、隠れた構造秩序構造をあぶりだすことに成功し、その構造の相関長が、温度低下とともに動的不均一性の相関長とコヒーレントに成長することを見出した。これは、過冷却液体の示す遅いダイナミクスの背景に構造秩序の発達があるという、我々の提唱するシナリオを強く支持する結果である。(3)ずり流動下で過冷却液体の粘性が減少するいわゆるシアシニング現象の背景に、液体の構造変化があることを明らかにした。特にずりにより引き延ばされる方向の構造エントロピーが、重要な構造指標であることを発見した。4. 結晶化に関して : 液体の三重点付近において結晶化が阻害される原因が、その付近で結晶的な回転対称性の破れの度合いが低下し、そのため界面エネルギコストが上がり結晶核形成に対するエネルギー障壁が上がるためであることを見出した。5. 非線形流動に関して : せん断流れ下にある液体の壁面でのスリップの新しい機構を発見した。また、高密度な粉体が液体中に分散した系において、その動的な挙動が流体に非圧縮性により大きな影響を受けている証拠を見出した。6. ソフトマターに関して : (1)多孔質中の相分離のモルフォロジーを決定する物理機構を明らかにした。(2)温度勾配中に置かれた2分子膜ラメラ相の動的挙動を研究し、空間的に連結した構造に対するソレ効果の特徴を初めて明らかにした。(田中G)。(3)コロイドの濃厚分散系に存在すると信じられてきた引力ガラス状態が、実はガラスではなく、空間的な不均一性を持つゲル状態であることを見出した。(4)共焦点レーザ顕微鏡による実験により、ゲル化における運動凍結がガラス化の場合と結晶化の場合があることを明らかにするとともに、それを制御している物理因子を明らかにした。以上のように液体・ソフトマターの時空階層性に関していくつかの基本的な問題を解明することに成功した。
1: 当初の計画以上に進展している
水とシリカは、それぞれ水素結合、イオン性・共有結合によって局所的にテトラヒドラル構造を形成し、同じ対称性を持った結晶構造を持つなど、似た静的性質・動的特性を持つことが古くから知られていた。一方、水とシリカは、そのガラス形成能という面では、全く異なった性質を示す。しかしこれらの類似性・相違点の起源は、長年の研究にもかかわらず未解明であった。我々は、水とシリカの間には、並進秩序に関して類似性があるものの、方位秩序に関しては大きな違いがあり、それらがそれぞれ、水とシリカの類似性と相違点の物理的起源であることが明らかになった。この成果は、水とシリカという最も身近な液体の基本的性質を明らかにしたのみならず、他のテトラヒドラル液体の理解や、これらの物質のガラス形成能の意図的な制御にも新しい道を拓いたという意味で、応用上のインパクトも大きいと期待される。また、ガラス転移点の近くでは高い温度での状態に比べ、10桁以上も粘性が増加し流れにくくなることが知られているが、その原因は長年不明だった。我々は、液体構造から各粒子の周りでパッキングをどこまで上げられるかの度合いを抽出し、それを空間的に粗視化し、粒子の動きやすさとの相関を見るという全く新しい方法により、ダイナミクスを遅くする液体中の構造をあぶりだすことに成功した。液体中の構造が液体の動的な性質を決めていることを明らかにした点が、この発見の最大のインパクトである。この成果は、ガラス転移点近傍の遅いダイナミクスの起源の解明に大きく貢献すると期待される。このように長年の論争の収束や、従来の常識の転換に貢献できる成果が挙がっており研究は極めて順調に進んでいると自負している。
上述のように、本研究課題はこれまで極めて順調に遂行されている。以下、それぞれのテーマについて今後の推進施策を述べる。1. 水の物理に関して : 上記のように、水の静的・動的異常について統一的な物理描像を描くことができた。今後は、シリカやそれ以外の水型液体の異常性についてその起源を探るとともに、どのような物理因子が異常性の強度を支配しているのか、また、これらの液体において局所的に形成される安定構造と結晶構造の間にどのような関係があるのかについて明らかにし、水型液体の異常性についての統一的かつ普遍的な物理描像を得たいと考えている。2. 液体・液体転移に関して : これまで、2秩序変数モデルにより液体・液体転移のダイナミクスの理論的研究を行ってきたが、液体の流れの自由度は落としてきた。運動量保存則、構成方程式を考慮することで、流れの自由度を入れたモデリングを行う予定である。3. ガラス転移に関して : 我々は、ガラス転移近傍の遅いダイナミクスの背景に熱力学起源の構造形成があると考えている。一方、低温の固体ガラス状態では、力学的な自己組織化が起きている可能性がある。そこで、温度ゼロにおける力学的構造化とその特徴をあぶりだすことを試みる。4. 過冷却液体からの結晶化の微視的過程に関して : 二成分系の共融点近傍では、結晶化が阻害ざれガラス形成能が上がることが経験的に知られている。われわれは、その原因が2種類の結晶への秩序化の競合により、液体の構造が無秩序化することがその原因ではないかと考えている。これを数値シミュレーションにより検証する予定である。5. 非線形流動に関して : 液体に分散した粉体系の非線形流動の機構、とくに、振動により誘起される液状化の機構の解明に取り組む予定である。6. ソフトマターに関して : コロイドのゲル化における流体力学的相互作用の効果を、共焦点顕微鏡による実時間三次元観察と流体粒子ダイナミクス法によるシミュレーションとの比較により明らかにする予定である。各研究テーマにおいて、研究分担者、連携研究者の間でコミュニケーションは緊密にとられており、協力しながら液体・ソフトマターにおける時空階層性に迫るべく成果を上げていきたいと考えている。
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すべて 国際共同研究 (3件) 雑誌論文 (12件) (うち国際共著 9件、 査読あり 12件、 オープンアクセス 3件) 学会発表 (57件) (うち国際学会 27件、 招待講演 19件) 備考 (3件)
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