研究実績の概要 |
本年度は, 組織・臓器スケールの統合ナノバイオメカニクスを創成するため, 前年度までに開発した分子・細胞スケールの統合ナノバイオメカニクスをボトムアップ的に応用し, 特に細胞集団挙動が関わる生命現象を中心に研究を推進した. 得られた主要な研究成果は以下のとおりである. 1. 微小血管中を流動する循環腫瘍細胞の挙動を初めて解析し, 血管径の増加に伴い, 赤血球集団との流体力学的相互作用の変化により流動形態がTrainからMarginationへと移行することを明らかにした(Takeishi et al., Phys. Rev. E, 92, 063011, 2015). 2. 細胞懸濁液の一般的なモデルとしてカプセル濃厚懸濁液を考え, マクロスケールの連続体モデル構築のための粒子応力テンソル解析を実施した(Matsunaga et al., J. Fluid Mech., 786, 110, 2016). 例えばせん断方向の応力テンソル(せん断粘度)に対して, 変形能を有するカプセル懸濁液では高次の効果が小さく, 粒子体積率40%程度までは2次の関数として記述できることを示した. 3. 遊泳微生物の集団挙動を流体力学的に解析し, 微生物形状のアスペクト比や遊泳モードによって様々な集団運動が形成され, これが主に近接の流体力学的相互作用によって生じることを明らかにした(Kyoya et al., Phys. Rev. E, 92, 063027, 2015). また細胞懸濁液における細胞の物質吸収の詳細を解析した(Ishikawa et al., J. Fluid. Mech., 789, 481, 2016). 4. 細胞の鞭毛が「スピン+旋回運動」というコマのような回転運動をしていることを実験的に見出し, 理論解析と数値計算との統合的解析によって, 回転メカニズムは鞭毛が作り出す流れで説明できることを明らかにした (Shimogonya et al., Sci. Rep., 5, 18488, 2015). 5. 細胞単体モデルの応用範囲を拡大し, 例えばトルクを発生しかつ変形しながら遊泳する細胞のモデルを開発し(Ishikawa et al., Proc. R. Soc. Lond. A, 472, 20150604, 2016), また精子が上流に遊泳する現象を解析した(Omori et al., Phys. Rev. E, 93, 032402, 2016). 6. 走光性を有する微生物と気泡流の干渉に関する実験を実施し, 形成される渦のパターンや大きさを予測することを可能にした(Nonaka et al., Biol. Open, 5, 154, 2016).
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
1: 当初の計画以上に進展している
理由
研究は当初の計画以上に進展している. 平成27年度は, 細胞スケールの計算生体力学手法をボトムアップ的に細胞集団挙動が関わる生命現象に応用し, 循環腫瘍細胞, マラリア, 精子, 遊泳微生物まで様々な細胞懸濁液を解析した. 特に, マラリアやがんの血行性転移に関わる分子-細胞-組織のマルチスケール解析を実現し, 循環器系に対する生命現象解析プラットフォームを構築した. 循環腫瘍細胞に関する成果は, 米国物理学協会(the American Institute of Physics)が運営するニュースサイト, Inside Scienceで紹介されるなど世界的に注目されている. さらに, 鞭毛の回転運動を実験的に発見し, 理論解析と数値計算によってメカニズムを解明した. これは統合ナノバイオメカニクスの象徴的な成果である. これらの成果は雑誌論文14件, 国際会議発表44件(うち招待講演22件)などで発表しており, アジア太平洋バイオメカニクス会議における基調講演を行うなど国際的に評価されており, 当初の計画以上に進展していると評価している.
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