我々は1秒に3回も目を動かしているのに、周囲の世界は安定している。脳はいかにして視覚世界を安定化しているのか。この問題は1)網膜像の流れが知覚されないのはなぜか、と2)眼球運動の前後で異なる網膜像をどうやって空間的に統合するのか、という二つの独立した問題から成っている。流れ知覚の抑制問題に関しては、動き検出細胞の活動の抑制で説明できると信じられてきたが、大脳皮質の発火頻度は余り変化しない。そこで我々は、サッケード中には、様々な選好方向を持つニューロン群が総体として同じレベルの活動をすることによって動きの情報を「中和」しているという「動き中和仮説」を提案し、検証している。空間統合問題に関しては、運動学習の研究で得た新知見に基づいて、網膜像から抽出される「背景」を基準に統合されるという「背景座標仮説」を提案し検証している。本年度は以下の成果を挙げた。 1.動き中和仮説の検証:本年度は動き逆相関法のパッチサイズを拡大して、サッケード時の網膜像の動きに近い状況を作った。その結果、サッケード期間中には4方向に対する刺激応答がバランスすることを示した。 2.背景座標系仮説の検証 (1) サルの心理物理実験:サルにおいても背景の「枠」が座標系として機能することを確認した(Inoueら2015 Behav Brain Res)。(2)サルのfMRI実験:サルを対象としたfMRI法を用いた非侵襲脳活動計測を行い、覚醒したサルから視覚応答を記録することに成功した。(3)サルの神経生理学的研究:サルの楔前部領域の150個のニューロンから記録を行い、背景座標系仮説から予測される活動を示すニューロン8個を見出した。背景座標系が存在することを示す大きな成果と考える。
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