研究実績の概要 |
我々は1秒に3回も目を動かしているのに、周囲の世界は安定している。脳はいかにして視覚世界を安定化しているのか。この問題は(1)網膜像の流れが知覚されないのはなぜか、と(2)眼球運動の前後で異なる網膜像をどうやって空間的に統合するのか、という二つの独立した問題から成っている。 (1)網膜像の流れが知覚されないのはなぜか 我々は、動きに応じるニューロンの半数が方向選択性を逆転させることによって動きの情報が「中和」されるという仮説の検証を進めてきた。その結果、サルMST野の動きに応じるニューロンは、サッケード中に選好方向を逆転するニューロンと、しないニューロンの2群に分かれることが明らかとなった。さらに、動き逆相関法を使ったサッケード開始前後の選好方向の変化に関しては、サッケード開始前に選好の特異性が失われて「中和」されることが明らかとなった。 (2)眼球運動の前後で異なる網膜像をどうやって空間的に統合するのか 我々は、脳が網膜像を背景を基準とする外部座標系(背景座標系)で統合しているという仮説の検証を進めてきた。 (a)ヒトの心理物理実験 サッカード眼球運動においても、背景座標系を基準として外部の対象の位置を素早く表現して運動制御に用いていることを明らかにした(Chakrabarty et al., 2017)。(b)サルの神経生理学的研究 サルの楔前部領域から527個のニューロンの活動を記録して、網膜座標系、頭部座標系、背景座標系のそれぞれで表現される情報量を比較した結果、網膜座標系ニューロン(78個)、頭部座標系ニューロン(41個)、背景座標系ニューロン(25個)のいずれもが混在することが明らかになった。楔前部において、網膜座標系から頭部座標系を経て背景座標系への座標変換が行われている可能性が示唆された。
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