研究課題
南極沿岸ポリニヤでは多量に海氷が生産され、それによって重い水ができ南極底層水の起源水となる。南極底層水が沈み込むことで海洋子午面循環が駆動される。本課題では、未知の部分が多い東南極を中心として海氷生成とそれに伴う底層水形成・深層循環を明らかにすることを目的とする。衛星観測では、海氷タイプを識別したうえで薄氷厚を推定できるマイクロ波放射計のアルゴリズムの開発をした。これにより、ポリニヤでの海氷生産量の見積もりの精度が一気に上がり、特にケープダンレーポリニヤでは、今までの見積もりよりも生産量が1.5倍ほど大きいことが示され、ここでの底層水形成との関係がより明瞭になった。ケープダンレーポリニヤ域で得られた5つの係留系による海洋・海氷時系列データと、高精度化された衛星による海氷タイプ及び海氷生産量の時系列データとの関係を現在解析中である。南極最大の海氷生産量を持ち南極底層水の生成域でもあるロス棚氷ポリニヤに対し、その変動機構と海氷生産収支が簡略なポリニヤモデルによって説明可能であることが示された。アデリーランド底層水が生成されるメルツポリニヤ沖では、メルツ氷河の崩壊により、海氷生産量が激減し、底層水生成が減少、さらに氷床融解量が増加していることが、衛星観測と酸素同位体データなどから明らかになった。前年度までの研究でビンセネス湾沖での南極底層水の生成が示唆されていたが、海鷹丸による平成25-27年度の海洋観測から、ここでの底層水形成は、東南極ではアデリーランド沖とケープダンレー沖に次ぐ寄与があることが示唆された。また、ここでは密度の低い底層水が形成されていることが示された。数値モデル研究では、ラグランジェ手法によるフラジルアイスのモデル化に加え、海底から巻き上がる堆積物を再現しうるモデリングにも成功し、ポリニヤ域での物質循環研究に利用できるモデルが開発された。
2: おおむね順調に進展している
ケープダンレー沖の観測に関しては、「しらせ」の度重なるトラブルにより、我々の観測はキャンセル・変更を余儀なくされた部分が大きかったが、オーストラリア南極局やオーストラリアの砕氷船「オーロラ号」の協力などを得て、陸棚上に設置した係留系は概ね回収でき良好がデータを得ることができた。海鷹丸によるビンセネス湾での平成27年度の観測は、海氷の張り出しが例年より大きく、陸棚上での観測は出来なかったが、陸棚斜面上での巨大係留系の設置は予定通りできた。以上、現場観測に関しては十分な観測が出来なかった部分はあるが、今後の解析に重要となるデータセットは概ね取得できた。一方、衛星によるポリニヤと海氷生産量に関する研究は順調に進み、その成果はJournal of Geophysical Research 、Journal of Climate、Annals of Glaciologyなどに掲載された。また、数値モデルによる研究も順調に進み、ラグランジェ手法によるフラジルアイスのモデリングの研究はAnnals of Glaciologyに掲載され、それをさらに発展させたポリニヤモデルを開発中である。その他、全南大洋の底層水研究のベースになる全南大洋の海洋データセットの作成が完了し、その手法に関する研究はJournal of Atmospheric and Oceanic Technologyに投稿中である。以上から、現場観測とその解析、衛星データの解析、数値モデル実験とも、概ね順調に進展していると判断する。
観測に関しては、平成27年度に海鷹丸により設置されたビンセネス湾沖の巨大係留系の回収を平成28年度の海鷹丸航海で行う予定である。昨年度までに全南大洋の海洋データセットが作成されたので、それと衛星の新アルゴリズムによる海氷生産量データセットと合わせて解析し、全南大洋での視点で、海氷生産と底層水形成及びそれらの変動の関係を明らかにすることをめざす。ケープダンレー沖、アデリーランド沖、ビンセネス湾沖の各底層水生成域では、過去の船舶データに加え、アザラシによるCTDデータを有効に使って、季節変化まで含めた、底層水形成と輸送課程の解明をめざす。ケープダンレーポリニヤ域では、ポリニヤ内で取得された全5系の係留系データと新アルゴリズムによる衛星海氷データと合わせて解析することで、この海域での高海氷生成から底層水形成にいたる過程の全容を明らかにするべく研究を進める。特にIce Profiling SonarやADCPによるフラジルアイス検知機能と、フラジルアイス出現を同定できる衛星新アルゴリズムを最大限に利用して、高海氷生成過程と高密度水形成過程に注目して解析を行う。さらに、これらの解析で得られた知見をもとに、フラジルアイス生成・融解を取り入れたラグランジェ手法による沿岸ポリニヤ数値モデルを開発し、高海氷生産過程やポリニヤ内での鉛直循環・水塊変質過程に対する理解を深める。
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Polar Science
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