研究課題
本研究は、CERN研究所の反陽子減速器において「反陽子ヘリウム原子(ヘリウム原子核に、反陽子と電子が一個ずつ束縛された準安定な中性原子)」の精密レーザー分光を行い、基礎物理定数の一つである(反)陽子・電子質量比を世界最高精度で決定することを目指している。これまでの研究では、反陽子を温度10-15K程度のヘリウムガスに打ち込んで静止させ、反陽子ヘリウム原子を生成していたため、原子は10-15K程度で熱運動をしており、レーザー共鳴線の線幅は、熱運動に起因するドップラー幅で決まっており、分光精度をあげるには、ドップラー幅を抑えることが必須であった。本研究では、標的ヘリウムガスを1.5-1.7Kにまで冷却することにより、ドップラー幅の低減をはかり、その最終結果を、2016年度にScience誌に発表した。レーザー分光で得た複数の共鳴線の中心周波数を、三体の量子電磁力学計算結果と比較することにより、反陽子と電子の質量比を、1836.1526734(15)相対標準不確かさで0.8ppb (ppbは十億分の1)で決定した。これは、CODATA2010で推奨されている陽子・電子質量比と同等以上の精度である。また、2016年度は、ドップラー幅をさらに抑えるため、二つの光子を原子の両側から照射する「二光子分光法」を、1.5-1.7Kに冷却した反陽子ヘリウム原子に適用する実験を行なっている。具体的には、反陽子ヘリウム4の主量子数36、軌道角運動量34の準位から、主量子数34、軌道角運動量32の準位への遷移周波数の測定である。2016年度中に、この測定は一通り終了した。反陽子ヘリウム原子の研究には、低速反陽子と物質の消滅断面積の理解も重要である。特に、100 keV程度の極めて低いエネルギー領域については、測定も困難であり、これまで十分なデータが存在しない。そこで、2016年度には、これを測定するための装置開発と測定を行い、装置の論文と、それを用いた測定結果の論文も発表した。
3: やや遅れている
標的を1.5-1.7Kに冷却し、これに一光子を照射して反陽子ヘリウム原子の分光を行うことについては、順調に進展し、Science誌に反陽子と電子の質量比の結果を発表するに至った。その結果は、陽子と電子の質量比に匹敵する精度達成、という当初目標を達成できている。しかし、更に高精度を達成可能な二光子分光によるデータ収集は、CERNの反陽子減速器の不調、ヘリウム標的の真空不良、など複数の要素が重なり、当初目標よりも遅れが見られる。
翌年度が最終年度である。2016年度に測定した反陽子ヘリウム4原子の主量子数36、軌道角運動量34の準位から、主量子数34、軌道角運動量32の準位への遷移周波数の測定に加え、主量子数33、軌道角運動量32の準位から、主量子数31、軌道角運動量30の準位への遷移、および、反陽子ヘリウム3原子の主量子数35、軌道角運動量33の準位から、主量子数33、軌道角運動量31の準位への遷移周波数の測定を順次行なう。データ収集完了後の、データ解析、特に系統誤差の理解(場合によっては追加実験)には、かなりの時間を要する見込みであるが、最終的には、反陽子・電子の質量比を0.3ppb程度の相対標準不確かさで決定し、当初の目標を達成する予定である。
すべて 2016 その他
すべて 国際共同研究 (4件) 雑誌論文 (3件) (うち国際共著 3件、 査読あり 3件、 謝辞記載あり 2件、 オープンアクセス 1件) 備考 (1件)
Science
巻: 354 ページ: 610-614
10.1126/science.aaf6702
Nuclear Inst. and Methods in Physics Research
巻: A835 ページ: 110-118
10.1016/j.nima.2016.08.026
EPJ Web of Conferences
巻: 130 ページ: 07014-1-3
10.1051/epjconf/201613007014
https://home.cern/about/experiments/asacusa