研究課題/領域番号 |
25247049
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研究機関 | 東京大学 |
研究代表者 |
岡本 博 東京大学, 新領域創成科学研究科, 教授 (40201991)
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研究分担者 |
矢田 祐之 東京大学, 新領域創成科学研究科, 助教 (60573144)
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研究期間 (年度) |
2013-04-01 – 2016-03-31
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キーワード | 光物性 / フェムト秒レーザー / 誘電体物性 / テラヘルツ分光 / 分子性固体 |
研究実績の概要 |
本研究では、固体中での電子密度分布の変化や分子間電子移動が強誘電分極を担っている電子型強誘電体を対象として、テラヘルツ波による高速の分極制御を目指している。13年度までに、チタンサファイアレーザーを励起源としたパルス面傾斜法を用いて、最大200 kV/cmのテラヘルツパルスの発生に成功した。14年度は、励起に用いるチタンサファイアレーザーを高出力のシステムに変更し、テラヘルツ波発生光学系の再構築を行った。その後光学系を最適化することによって、テラヘルツパルスの電場強度を最大450 kV/cmまで増強することに成功した。このテラヘルツパルスを用いて、低温で電子型強誘電性を示す有機分子性結晶TTF-CAにおいて、高温の常誘電相における強誘電状態の生成の可能性を調べた。まず、テラヘルツ波励起による第二高調波発生を調べたところ、低温の強誘電相の20%に達する強度の第二高調波が発生することを見出した。さらに、イオン性分子のプローブとなる電荷移動吸収帯の反射率の変化を測定し、熱励起で生じている微視的なイオン性ドメインの大きさがテラヘルツ電場によって増大することがわかった。また、このイオン性ドメインの大きさは、テラヘルツ電場がゼロになった後に振動することを見出した。これは、中性―イオン性ドメイン壁の振動によるものである。その振動数は温度の低下とともに減少するが、この減少は、強誘電相への転移の臨界現象と考えられる。このように、テラヘルツ電場による強誘電状態の生成を実証するとともに、中性―イオン性ドメイン壁の運動の実時間観測に成功した。 同様な手法を二次元的な水素結合ネットワークを有する水素結合型強誘電体クロコン酸の強誘電相に適用し、強誘電分極の変調のダイナミクスを詳細に測定した。テラヘルツポンプー第二高調波プローブの測定から、テラヘルツ電場(約100 kV/cm)によって強誘電分極が約25%変調されることがわかった。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
1: 当初の計画以上に進展している
理由
強誘電体の分極の電場による制御は、通常試料に電極を取り付け、静電場を印加するか、あるいは、メガヘルツ以下の交流電場を印加することによって行われる。この方法での分極制御の時間スケールは、高々マイクロ秒のオーダーである。本研究では、より高速の強誘電分極制御のために、テラヘルツ波の電場成分を利用することを着想した。13年度は、代表的な電子型強誘電体である有機分子性結晶TTF-CAの低温強誘電相において、サブピコ秒の時間スケールでの分極制御に成功した。14年度は、テラヘルツ電場強度の450 kV/cmまでの増強を実現し、このTTF-CAの高温常誘電相において、テラヘルツ電場により強誘電状態を高速に生成することに成功した。生成した分極の大きさは、低温相の約20%と極めて大きい。これは、テラヘルツ電場を用いて強誘電性を誘起することができることを示した初めての結果であり、その意義は極めて大きい。さらに、強誘電分極生成に引き続いて生じる中性―イオン性ドメイン壁のダイナミクスの実時間観測に成功した。この種の分子性結晶では、中性―イオン性ドメイン壁の運動が誘電応答をはじめとする電子物性に支配的な役割を果たすことは古くから指摘されていたが、そのダイナミクスを実時間観測したのは本研究が初めてである。 これらの成果は、14年度に行われた国際会議Photoinduced Phase Transitions and Cooperative Phenomena (PIPT5) 、Electronic Crystals (ECRYS2014)、藤原セミナー等での招待講演において公表し、注目を集めた。 14年度の研究において、本研究課題の最終目標であったテラヘルツ電場による強誘電性の生成を実証したことから、研究は当初の計画以上に進展していると考えている。
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今後の研究の推進方策 |
15年度は、テラヘルツ波を発生させるための励起源であるチタンサファイアレーザー用の励起レーザーをアップグレードし、チタンサアフィアレーザーの強度を増大することによって、テラヘルツ電場強度を650 kV/cm程度まで増強することを計画している。それによって、昨年度までに観測したテラヘルツ電場による分極変調の大きさをさらに増加させ、より大きな応答を引き出すことを目指す。また、テラヘルツ電場による強誘電秩序形成の可能性も検討する。 具体的には、まずTTF-CAの常誘電相において、より大きな強誘電分極の生成を試みる。さらに、TTF-CAの関連物質であるTTF-QBrCl3およびDMTTF-2,6QBr2Cl2の常誘電相において、同様の測定を行う。TTF-QBrCl3は、温度低下によりTTF-CAより連続的な強誘電転移(中性―イオン性転移)を起こすため、分極変調の増大や、中性―イオン性ドメイン壁の振動振幅の増大が期待される。DMTTF-2,6QBr2Cl2は、極低温にしても強誘電秩序が生じない量子常誘電性を示す物質である。この物質では、テラヘルツ電場による強誘電秩序形成を目指す。テラヘルツ電場だけでは強誘電秩序形成が難しい場合は、弱い可視光で励起することによって分極ドメインの種を導入し、さらにテラヘルツ波で励起を行う2パルス励起のポンプープローブ分光を試み、過渡的強誘電秩序の形成を目指す。 テラヘルツパルスによる分極制御のその他の研究としては、13年度に分極変調の測定を行った電荷秩序系分子性結晶であるα-(ET)2I3を対象とする。この系において、テラヘルツ電場を分極と逆向きに印加することによって、強誘電性電荷秩序状態を融解させ、金属的な状態への転移を誘起できる可能性がある。
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