研究実績の概要 |
電子が分子に衝突するとき、分子軸の向きが入射電子ビーム軸と垂直か平行か、あるいは遠方衝突か近接衝突かに依存して衝突の起こる確率や衝突の物理的内容が異なるのではないだろうか。本研究の目的は、そうした極めて基礎的な問いに初めて応える、電子・分子衝突の立体ダイナミクスという新しい研究分野の開拓である。具体的には、研究代表者らが世界に先駆けて開発した(e,2e+M)分光を展開し、分子配向と衝突径数の二つをパラメータとする電子衝撃イオン化断面積を測定する「電子・分子衝突の反応顕微鏡」として確立する。 上記の目的に向けて、真空チェンバー、電子エネルギー分析器、イオン二次元検出器、パルス電子銃、分子線源など試作を要する設備を組み合わせて前年度までにシステムとして立ち上げた装置を用いて、N2分子やO2分子等の単純二原子分子を標的とした実験を行った。例えば、MHz周期でナノ秒幅、エネルギー1.4-2 keVのパルス電子線を標的分子に衝突させ、F2Σg+イオン励起状態への遷移で生じる非弾性散乱電子と解離イオンとの同時計測を行い、それら二つの荷電粒子のエネルギー相関と角度相関を測定した。その結果、分子座標系での電子エネルギー損失分光断面積の角度分布が、予期した以上に鋭敏に、標的分子の空間的な向きや衝突径数に依存して変化することを見出した。また、電子衝突の利点を活かして、N2分子の光学禁制遷移(2Σg⇒1πg)にも取り組んだ。この場合は、分子座標系での散乱断面積が標的分子の空間的な向きや衝突径数によって大きく変化することのみでなく、遷移に関係する分子軌道の空間的形状にも強く依存することを見出した。 以上のように、本研究は所期の目標を達成し、一定の成果を得ることができた。
|