フェムト秒パルス光を用いた独自のラマン分光を駆使し、光受容蛋白質の初期分子ダイナミクスの解明をめざした研究を推し進めた。時間分解インパルシブラマン分光を用いたイエロープロテインの研究では、46位のグルタミン酸をグルタミンに交換した変異体に対する測定を行った。この結果、野生種で光励起直後に強く観測される低波数モード(135 cm-1)のラマン信号が変異体では弱いこと、また、数百フェムト秒以降では両試料がよく似たスペクトルを示すことが分かった。これは、野生種において光励起後の数百フェムト秒以内に、発色団分子と46位グルタミン酸との間の水素結合が弱くなることを示している。さらに、励起光のパルス幅を変えた一連の測定も行い、この低波数モードの振舞いがパルス幅等の実験条件に依らず、タンパク質の本来のダイナミクスを反映していることを実験的に確認した。これらの結果から、イエロープロテインでは発色団分子が光を吸収後、隣接するアミノ酸残基との間の水素結合を変化させ、タンパク質全体の構造変化を引き起こすという描像が得られた。 一方、発色団分子のすばやい構造ダイナミクスの解明をめざし、独自に開発した近赤外フェムト秒誘導ラマン分光による研究も進めた。特に、超高速光異性化を起こす代表的なモデル分子であるシアニン色素を試料として用い、近赤外域の幅広い誘導放出帯にわたってラマン励起波長を複数通り変えながらフェムト秒誘導ラマン測定を行った。その結果、同じ遅延時刻に1600cm-1付近に観測されるマーカーバンドの振動数が、ラマン励起波長の増加とともに高波数側へとシフトすることを見出した。これは、S1状態の構造の異なる分子を異なるラマン励起波長で区別して共鳴増強することにより、S1分子がS0/S1ポテンシャル近接領域に連続的に近づくダイナミクスを可視化できたことを意味する。
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