研究課題
ピロリ菌CagAは胃上皮細胞内に侵入後チロシンリン酸化され、SHP2ホスファターゼと複合体を結合する。SHP2はがんタンパク質として知られ、その機能は多くのヒトがんにおいて脱制御されている。ピロリ菌CagAは複合体形成を介してSHP2の活性を脱制御し、胃がん発症を促すと考えられている。チロシンリン酸化依存的にSHP2との結合に関わるCagA部位として、東アジア型CagAの EPIYA-Dセグメントならびに欧米型CagAのEPIYA-Cセグメントが同定されている。欧米型CagAでは、EPIYA-Cセグメント数は1-3と変動する。近年の臨床疫学調査から、 EPIYA-Cセグメントを2つ以上保有するCagAは、1つしか保有しないCagAに比べて有意に発がんリスクを高めることが示された。そこで、チロシンリン酸化依存的なCAGA-SHP2相互作用と胃がん発症リスクを繋ぐ分子機構を明らかにするため、様々なEPIYA-Cセグメント数を持つ組換え型チロシンリン酸化CagAを作成し、SPR法を用いてSHP2との結合活性を測定した。その結果、 EPIYA-Cセグメント数が1から2に増大することにより、SHP2に対するCagAの結合親和性が約100倍増大することが明らかとなった。この劇的なSHP2結合活性の増大は、CagA-SHP2相互作用がmonovalent結合からbivalent結合に変化することに起因する。さらに、EPIYA-Cセグメントを複数個保有するCagA発現細胞は細胞外マトリクスへの浸潤能を獲得し、SHP2脱制御を介した発がん関連の細胞機能変化と考えられた。以上の結果から、EPIYA-Cセグメント数は SHP2がんタンパク質の脱制御の規模を規定する重要な因子であることが明らかとなった。
2: おおむね順調に進展している
本年度の研究を通して、ピロリ菌CagAが示す多彩な分子多型が発がん活性の強弱を規定する分子機構を解明することに成功した。この成果は胃がん発症を予知・予防するためのオーダーメード医療を確立する上できわめて重要な研究の進展と考える。これまで、ポリグルタミン病やプリオン病において、原因タンパク質内にみられるペプチド構造の繰り返し数が疾患発症や病態形成と密接にリンクすることが明らかにされているが、ピロリ菌CagAのEPIYA-C 繰り返し数も同様の医学的意義を有することが示されたと考える。
あピロリ菌CagAが発がん活性を獲得するためには、EPIYAモチーフのチロシンリン酸化が決定的に重要な役割を担う。CagAのチロシンリン酸化はSrc family kinase やc-Ablといった宿主キナーゼにより担われることが既に明らかにされている一方、CagAを脱リン酸化するチロシンホスファターゼに関してはその存在を含め現時点では全く不明である。CagAホスファターゼはピロリ菌発がんを抑制する上できわめて重要な意義を持ち、その意味で分子同定はピロリ菌発がん研究に残された最大のテーマのひとつといえる。そこで、残りの研究期間を通し、CagAホスファターゼの単離・同定に邁進したいと考えている。
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