本研究では、1分子解析技術を革新することでATP合成酵素の1分子生物物理学の地平線を広げることを目的とした。当初掲げた大きな目標は2つある。1つ目は表面増強ラマンなど表面プラズモンを用いたナノ粒子計測技術の開発である。2つ目は、平面膜や膜チップを用いた膜輸送活性の1分子解析技術の開発である。 1つ目の柱であった表面増強ラマンを用いた1分子計測は、ナノ粒子毎に得られる信号の不均一性が原因となり難航している。一方、ナノロッドを用いた異方性散乱を利用した超高速構造変化イメージングの開発は成功し、これを用いたトルク発生ユニットの構造変化も達成した(in preparation)。これは、わずか10度程度の構造変化を10マイクロ秒の時間分解能で計測する手法であり、他のタンパク質への応用が期待される。 2つ目の課題である膜輸送活性の1分子解析は予想以上に大きく進展した。まず、独自の膜チャンバー技術を確立し、ATP合成酵素のプロトン能動輸送活性の1分子計測に成功した。さらに、膜チャンバーの体積をaL (=10-15L)レベルまで下げることで計測時間の大幅な短縮も達成した。この技術を他のトランスポーター計測へ拡張するための技術開発も進展しており、非対称膜を作成する技術、外部電圧を印可する技術などの開発にも成功している。 これ以外にも、データマイニング技術を利用したF1-ATPaseの反応メカニズム解明、1分子操作によるF1-ATPAseの反応経路の制御などに成功した。さらに、萌芽的な試みとして人工合成分子(合成ポルフィリン、ダブルデッカー)の1分子イメージングと1分子操作による回転ポテンシャル計測にも成功した。 以上、当初目標の殆どは達成し十二分な成果をあげたと言える。一方、表面増強ラマンを利用した1分子計測技術と、ATP合成酵素の回転とプロトン移動の同時計測には至っていない。いずれも、引き続き技術革新が必要である。
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