デジタル・ネットワーク技術が広く浸透して、我々の情報環境に本質的な変容が生じているという主張は、近年、コミュニケーション論や情報論の立場から広く語られている。このような文脈では、社会の「知識基盤」の変容は当然視され、「変容以前」の知識基盤がどんなものでどう変化してきたのかについて、具体的、実証的な解明が十分なされているわけではない。 本研究の目的は、戦後日本の社会的な知識基盤の内実とその変容の実証的な解明である。そのために、電子メディアの登場以前から知識基盤を特権的に支えてきた出版メディアについて、現代に典型的な4群の出版形態(ベストセラー、新書版シリーズ、大学教科書、総合雑誌)を選び、個々の冊子を単位として、その形態・様式(物理的形態、言語的数量、論理的様式)および社会的配置(空間・時間的な流通、市場的な価値)を調査し、その実測データを大規模に集積して総合的に分析する。 研究最終年度の平成28年度は、前年度までにデータ収集を行った第2群=新書版出版社シリーズ(岩波新書)を対象に、主にレイアウトと章構成の形式について詳細な分析を行った。また、第3群=大学生向け教科書については、調査範囲を拡大して公共図書館や大学図書館を利用して現物調査(物理的特徴、言語的特徴、論理的特徴の実測)を行い、経年的な変化をより高い精度で分析できるようにデータ収集を実施した。調査した具体的な項目は、(a)物理的形態[版型、フォント、装丁、余白など]、(b)言語的数量[ページ数、文字数、行数など]、(c)論理的様式[表題紙、目次、索引、図表など]の有無や量である。 本研究では、出版物の形態と様式について冊子単位の現物調査を行い、統計的手法により詳細に分析することで、これまで経験的、直観的に語られるにとどまっていた出版メディアが支えてきた社会的な知識基盤の経年的な変化を、実証的に確認することができた。
|