研究課題
基盤研究(B)
高線量の放射線への曝露は多くの生物にとって致死的であるが、いくつかの生物種はこうした放射線に高い耐性を持つ。なかでもクマムシは高い放射線耐性を持つ動物として知られているが、その分子機構はまったく明らかになっていない。本年度は、クマムシの高い放射線耐性を支える候補分子としてクマムシに固有な新規クロマチンタンパク質S261に着目し、その性状および機能の解析を行った。まず、リコンビナントタンパク質を用いたゲルシフトアッセイにより、S261がDNAに直接結合する活性を持つことを明らかにした。さらに、様々な領域を欠失したS261バリアントについてDNA結合活性を調べた結果、C末端側の領域がDNA結合に必要かつ充分な領域であることを明らかにした。また、これらのバリアントをGFP融合タンパク質として培養細胞に発現させた結果、核およびDNAとの共局在に必要な領域はDNA結合能を持つC末端側領域と一致することが分かった。S261のC末端領域は新規なDNA結合ドメインと考えられる。in silico の配列解析の結果、DNA結合領域のN末側に両親媒性のアルファヘリックスを形成する領域が存在することがわかった。この領域はタンパク質間相互作用に関わっている可能性が考えられる。さらに、S261の放射線耐性への寄与を解析するために、哺乳類培養細胞からS261の定常発現株を作出し、放射線障害に与える影響を解析した。放射線照射後、DNA二本鎖切断のマーカーであるγ-H2AXのFoci数を計数した結果、S261発現株で有意に減少していることが分かった。また、二本鎖切断によって生じる断片化DNAの量を中性コメットアッセイにより解析した結果、S261発現株では親株と比較して半分程度に抑制されることがわかった。以上の結果から、S261は核DNAに直接結合しS261同士もしくは他のタンパク質と相互作用することで、放射線障害からDNAを保護しているというモデルが示唆された。
1: 当初の計画以上に進展している
本年度は、クマムシの新規クロマチンタンパク質S261について、その分子性状を明らかにしたのみならず、哺乳類細胞に導入することで放射線による障害からDNAを保護する活性を持つことを明らかにした。分子性状の解析については、DNA結合活性を明らかにするとともに、活性に必要な領域を絞り込むことで新規DNA結合ドメインの提唱に至っており、当初の予定通り順調に進行したといえる。一方、哺乳類細胞への導入による放射線耐性への寄与の解明は翌年度の中心的な課題の予定であったが、安定発現株が順調に樹立できたこともあり、その重要性を鑑みて先行して解析を進め、DNA を放射線障害から保護する活性を持つことを見出した。これはクマムシの放射線耐性に寄与する分子の機能を明らかにした初めての例であるとともに、本研究課題の中核的課題の1つが予定に先行して解けたことを意味しており、計画以上の進展と判断した。
来年度に予定していたS261安定発現株によるDNAの放射線障害からの保護活性の検出については、先行して本年度に遂行することができた。そこで、来年度は、さらに一歩進めてS261発現が放射線照射後の細胞の生存そのものに与える影響の解析を追加する。また、S261がDNA結合活性を持つことが明らかになったことから、S261のDNAへの結合様式、特にヒストンとの関係を中心にクロマチン構造に与える影響を解析し、放射線障害からDNAを保護するに至るメカニズムの解明を目指す。さらに、本研究課題のもう一つの柱であるアルビノ変異体について、本年度は紫外線耐性についての基礎的解析を進めることができたため、来年度はアルビノ変異で増加する紫外線・放射線障害の分子実体を明らかにし、これらの障害に与える色素の影響の解明を目指す。
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