研究課題
本研究課題は極限環境耐性動物であるクマムシの高い放射線耐性を支える分子機構の解明を目的としている。昨年度までに放射線耐性を支える候補分子としてクマムシに固有な新規クロマチンタンパク質S261を同定し、その生化学的性状を明らかにするとともに、S261を定常発現する哺乳類培養細胞株を作出し、同細胞株において放射線照射によるDNA断片化が親株に比べて有意に抑制されることを示してきた。本年度は、これまで観察されたDNA断片化の抑制がS261に依存していることを検証するために、S261発現細胞株にさらにS261を標的としたshRNA発現コンストラクトを導入し、S261の発現を選択的に抑制した。その結果、S261転写産物量は約75%低下し、放射線照射後のDNA二本鎖切断数はS261を導入していない親株とほぼ同等まで増加し、S261発現細胞で見られた切断の抑制効果はほほ完全に消失した。これらの結果は、哺乳類培養細胞に導入したS261遺伝子産物がDNAの放射線からの保護を担っていることを示唆している。さらに、放射線照射後(4GyのX線)の細胞の挙動を観測した結果、8-12日後においてS261非導入細胞株や発現抑制株は増殖能を完全に失っていたのに対し、S261発現細胞のみは一部の細胞が正常な形態を示し増殖能も保持していることを明らかにした。この結果はS261の導入によって哺乳類細胞に放射線耐性を部分的に付与できたことを示唆している。このほか、クマムシのアルビノ変異株について紫外線耐性・ガンマ線耐性を定量的に評価し野生型と比較して耐性が有意に低下していることを検証するとともに、動物界においてクマムシ固有の修復遺伝子がガンマ線照射によって発現誘導されることを初めて見出した。
2: おおむね順調に進展している
クマムシの新規クロマチンタンパク質S261について、哺乳類培養細胞へ放射線からのDNA保護能を付与しうる実体であることを明らかにし、さらに一部の細胞に対し致死量の放射線に耐性を付与できることを示した。哺乳類培養細胞への機能付与実験については当初の計画から考えられる中で最高の成果を上げている。機能付与と双璧をなすクマムシ個体を用いた機能阻害実験については、CRISPR/Cas9 システムを利用したゲノム編集技術の適用を試みており、もう少し検討が必要な部分はあるが実験系の整備はほぼ完了しつつある。また、アルビノ変異体の解析については耐性の定量評価が予定通り完了したが、色素の同定についてはさらなる検討が必要である。一方で、クマムシ特有の修復遺伝子がガンマ線照射によって誘導されることを見出すなど想定外の成果も得られたことを考え合わせると、研究課題の総体として順調に進展していると判断している。
本年度の成果においてS261の導入よってヒト培養細胞の放射線耐性が向上することが明らかになった。クマムシの放射線耐性は乾燥耐性の副産物と考えられていることから、S261の導入によって放射線以外の様々な環境ストレスに耐性を獲得する可能性が考えられる。そこで、S261発現細胞株を用いて種々のストレスへの耐性能を検証する。また、S261のDNAへの結合様式、特にヒストンとの関係を中心にクロマチン構造に与える影響を解析し、放射線などのストレスからDNAを保護するメカニズムの解明を目指す。機能阻害実験については、CRISPR/Cas9 システムを利用したゲノム編集技術の適用を進め、S261遺伝子破壊の耐性への影響を解析するとともに、同技術を用いてアルビノ変異体の原因遺伝子の特定を試みる。また、ガンマ線照射によって誘導された修復遺伝子など耐性関連候補遺伝子についても同様の遺伝子破壊実験を行い、耐性に与える影響を検証する。
一部試薬の納期が想定より遅くなったため。
納期が遅れた試薬を次年度に発注し実験に使用する。
すべて 2015 2014
すべて 雑誌論文 (1件) (うち査読あり 1件、 オープンアクセス 1件) 学会発表 (16件) (うち招待講演 2件) 図書 (1件) 産業財産権 (1件)
PLOS ONE
巻: 10(2) ページ: e0118272
10.1371/journal.pone.0118272