本年度の研究実績は以下のとおりである。 (1)和算家・横川玄悦(17世紀)について、その経歴と事績について新史料に基づいて明らかにした。和算家としてのみ知られていた横川の本職は忍藩(阿部家)に仕官していた藩医であったことを、近世期に編纂された阿部家中の分限帳を分析することによって確認した。横川の研究した数学は福岡藩の門人たちに継承され、その地で幕末まで「横川流」として受け継がれた。数学の内容としては、中国の元王朝時代に展開した天元術を主体とするもので、それ以上の展開は無かったに等しいが、近世初期の和算家の経歴や地域に普及した和算の実態を知る上では貴重な情報を得ることができた。 (2)幕末から明治期に活躍した本草家・官吏であった田中芳男の残したスクラップブック、資料集である『■[クン]拾帖』の構造を分析し、従来、欠本があったと見なされていた冊子であるが、それは単なる数え間違いでほぼ完全にコレクションとして一体化している可能性を指摘した。これによって、田中芳男の収集した情報を再分析する道筋が開けた。特に、明治20年代までの東北太平洋岸の漁業に関する雑資料がスクラップブックとして貼り込まれている点に着目すると、明治の三陸大津波以前の被災地域の漁業の実態を解明する手がかりも得られることになる。
|