本研究が対象としたのは、イギリス・ロマン主義期の詩人・画家・彫版画師ウィリアム・ブレイク(William Blake)の「彩飾詩」(Illuminated Poetry)とよばれる複合芸術の全作品であった。研究目的は、彼の作品に頻出し、擬人化までされた「手」の意味を、18世紀の医学的ディスコースに関連づけながら、また同時代のゴシック文学における「手」の描写と比較しながら、解明することであった。 本研究の独創的な点は、ブレイク作品に描かれた「手」の意味が「変化していくプロセス」を明らかにして、従来のブレイク研究ではすっぽりと抜け落ちていた「セクシュアルな手」の存在を明らかにするところにあった。 具体的に言えば、初期作品から後期作品へ進展するにつれて、ブレイクが「手」に込めた意味が「変化していく」という仮説をたてて、その変化がアードマンやデイモンたちのブレイク研究の草分け的研究者たちが重視した「男の手」から、本研究が着眼する「女の手」へのジェンダー的重点の移行であることを解明した。さらに、ブレイクの複合芸術S字カーブにおける「女の手」の強化にともなって、「手」の意味が複雑に多層化していくことを解明した。 最終年度である平成27年度には、ブレイクの「手」の意味を18世紀の「手」の医学的、ジェンダー的ディスコースと照らし合わせるため、ブレイクが交流していた出版者ジョゼフ・ジョンソンを経由して入手できた医学書(とくに解剖学関連)やロマン主義と直結するゴシック小説を読解した。そして、それらの背景と照らし合わせる作業のなかから浮かび上がるブレイクの「手」の特異性を明らかにした。
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