研究課題/領域番号 |
25284173
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研究機関 | 東京大学 |
研究代表者 |
松井 健 東京大学, 東洋文化研究所, 教授 (50109063)
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研究期間 (年度) |
2013-04-01 – 2016-03-31
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キーワード | 工芸 / 生産 / 流通 / 消費 / ツーリズム / 民芸 / 経済人類学 / 商品 |
研究実績の概要 |
工芸は古くから、地域の人びとの衣食住労働にかかわる生活必需品を生産してきた。それは、物質文化の全般から、それを加工利用する活動のすべてに及ぶものであった。しかし、産業革命以後、機械を用いる工場制の大量生産が発達するに及んで、工芸の活動範囲は、工業にとってかわられ、工芸は衰退を余儀なくされた。それでも、工業生産をおこなうことのできない狭い特殊な使途をもつ物品や、きわめて製作の困難な少量生産物については、工芸が今も重要である。さらには近年になって、交通が便利になり、一方で経済的格差が広がるとともに、人びとの移動が頻繁かつ大規模になった結果、ツーリズムが隆興することになり、かえって僻遠の地の工芸品が、単なる日用道具としての評価から、お土産品(スーヴニール)として認められることになった。これは、工芸の商品としてのカテゴリーが、日用品から別のカテゴリーに移行したために、付加価値を生じさせた現象とみなすことができる。実際、経済的に豊かな国々において、富裕層の流行として、エスニック・アートのコレクションがおこなわれるようになると、ネパールの山地やインドネシアの遠い離島においては、見捨てられていた古い民芸や手工芸の品物が、各地の集積センター(たとえばタイのバンコクなど)に集められ、想像もされなかった高値で取り引きされることになった。採集されたところと、最終的に販売されるところでは、その価格に100倍以上の差があることも、稀ではない。この現象は明らかに工芸の現在の状況をよく示しており、手仕事や手工芸というものが、商品として、それぞれの文化(と文化間の差違)で独自の運動をしていることを考える必要があることを示唆している。本研究は、この状況を分析することによって、かえって、経済人類学が基本的な概念としている「商品」や「価格」などの基礎を再考する。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
平成26年度は、ネパールのカトマンドゥ盆地、インドネシアのバリ島、ミャンマーのバガン地方で調査をおこなって、各地における工芸(ネパールの土器、インドネシアの貝、ガラス、ビーズ、土器、ミャンマーの土器、漆器など)がどのようにツーリズムと連動して展開しているかを明らかにすると同時に、ツーリストの集中する各地域のセンターや首都のツーリスト・スポットにおける、これらの工芸品の販売(ツーリストによる消費)の様子を調査、記述した。これによって、工芸品が生産の現場から販売されるところへと移ることによって、それぞれの工芸品に付与されている文化的な意味や評価がどう変化するかを把握した。生産者が考えることもないストーリーが、それぞれの工芸品に与えられ、このストーリーが工芸品の付加価値を形成するのである。もちろん、この間の価格の差が、仲買人たちに経済的利得をもたらすが、新しいストーリーは、これら仲買人とツーリストとの間のインターフェイスによってつくりあげられメディアによって増幅される。同時に、このストーリーは、僻地の人びとの用いていたものの真正性を主張するものから、徐々に彼らの生活がエコで自然に密着したものであるというイメージを引き起こすものへと変化していっていることを明らかにすることができた。それは同時に、フェアトレードや僻地の人びとへの福祉や援助を想起させるものへと移行している。経済的な付加価値は、商品としてのカテゴリーを移動することによって作り出されると同時に、消費者と販売者の間で形成される、生産者と彼らの社会をめぐるイメージをまとうことによっても構成されていることが明らかになった。本研究計画時には想定しなかった、新しい局面であるといえる。
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今後の研究の推進方策 |
平成27年度は、最終年度であるため、本来の理論的目標である、経済人類学が基礎的な概念としている「商品」や「価格」などについて再考することを中心的な活動とする。しかし、前年度に明らかになったように、工芸をめぐる「創られたイメージ」が、工芸品の評価に大きく影響することは、重要な発見と考えられるので、フィールドワークに合わせておこないたいと考える。特に、工芸品が地域の中心地や首都のツーリストスポットでどのようなイメージをもつものとして売られているかを明らかにするために、販売される「場」のしつらえについて調査をおこなう。まだ、ネパールのカトマンドゥではみられないが、ラオスのルアンパズーンやビエンチャン、ミャンマーのヤンゴンでは、地方の人々の生活についてのイメージを店舗のディスプレイのなかに表現する試みがおこなわれている。バンコクやバリ島では、すでに10年以上も前から、これはおこなわれ、実際の地方の状況とは別に、ひとつの独立した「タイスタイル」とか「バリスタイル」といったものに結実するに至っている。平成27年度には、現地調査をもとに、こうした工芸イメージの形成を記述、分析することをおこないたい。同時に、この現象は、ツーリズムの成熟の度合いと関係するように感じられるので、タイやバリ島といった成熟した観光地と、ミャンマーやネパール、ラオスといったそうでない観光地とを対比することによって、工芸の商品としてのカテゴリーの変化と、その背後のイメージの形成について、編年が可能であるかどうかを検討したい。この作業は、工芸(品)の通常の商品(食品やファッションや電化製品といった)とのきわだった差違を明らかにすると同時に、経済の文化的側面を明らかにするために、「商品」などの諸概念がどのように再構成されなくてはならないかを明示することができるであろう。
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