本研究は、当初から工芸(品)が、商品として特異な性格をもつことに着目して始められた。アジア各地域と日本各地における工芸(品)の商品としてのあり方をフィールドワークをとおして明らかにする一方で、それらを相互に対照することで、その一般的な含意を探ろうとした。現在もっとも顕著な工芸の変化は、一方において工芸が大量生産の工業製品に置き換えられることであり、もう一方において観光の土産品になっていくことである。いずれにしても、工芸は20世紀半ば以前のように、実用的機能的なものではなくなっており、アジア地域においては中国製の安価な大量生産品が、従来の手工芸品に完全に置き換わった。観光土産品としての需要は、同様に中国やインドからのツーリストの増加によって、大きな変化を工芸に及ぼした。 しかし、このような大きな潮流のなかで、伝統的な手工芸品が独自の運動をしていることも明らかになった。それは、これらの工芸品が従来の生産・流通地域から遠く離れることによって、生産・流通地での従来の実用や機能とはまったく別の商品となるという現象である。研究代表者はこれを工芸の経済的転位と名付けた。もし食事用のサジであったものが、鑑賞用に用いられ、数倍の値段で取引されるのは、好例である。これによって、工芸に大きな付加価値が付与される。 明らかに、この経済的転位と付加価値は、工芸だけにみられるものではないが、その顕著な特性である。それに焦点を合わせると、むしろ、従来おこなわれた経済的な「商品」の定義を再考しなくてはならなくなる。「商品」の「寿命」が著しく長く、経済的転位によって、大きな付加価値を生じる工芸は、経済学に、新しいモデルを発想させる事例であることを明らかにすることができた。
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