研究課題/領域番号 |
25286021
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研究種目 |
基盤研究(B)
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研究機関 | 筑波大学 |
研究代表者 |
神田 晶申 筑波大学, 数理物質系, 准教授 (30281637)
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研究期間 (年度) |
2013-04-01 – 2016-03-31
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キーワード | ナノ材料 / グラフェン / 電界効果トランジスタ / 格子ひずみ |
研究概要 |
グラフェンには格子歪みによって擬似ゲージ場(ベクトル/スカラーポテンシャル)が生じるという特別な性質がある。これをうまく使うとグラフェンに大きな伝導ギャップを誘起できるという理論予測を検証するのが本研究の主たる目的である。今年度は以下の成果を得た。 1)我々独自の方法である、グラフェンと基板の間にレジストでできた任意形状のナノ構造を挿入するという方法を用いて、グラフェンに1次元局所歪みを導入し、電気伝導を測定した。歪み分布は顕微ラマン分光によって確認した。測定した14試料すべてにおいて電子の電界効果移動度がホールの値よりも大幅に減少するという非対称な電気伝導を観測したが、伝導ギャップは観測されなかった。その原因を解明するための対照実験や数値計算を行い、非対称な電気伝導は局所歪みによるスカラーポテンシャルに起因している可能性が高いことを明らかにした。理論で予測されている伝導ギャップが見られないのは、電子の平均自由行程内での歪みの空間変化量が小さいためであると考えられる。 2)レジストナノ構造を形成する際のグラフェンへの電子線照射によって平均自由行程が短くなっている可能性がある。このことを、電子線照射前後のグラフェンのラマン分光、電気伝導測定によって確認した。さらに、平均自由行程と電子線照射量、ラマンスペクトル(ID/IG比)の間に成り立つ関係式を見出し、電子散乱の原因を議論した。この関係式を用いると、ラマンスペクトルから平均自由行程や移動度を評価することが可能となると期待される。 3)レジストナノ構造作製時の電子線照射がグラフェンの電気伝導に影響を与えないような2種類の歪み導入法を考案し、実際にグラフェン試料を作製して、電気伝導特性を評価した。その結果、依然として、電子の平均自由行程内での歪みの空間変化量が小さいことが示唆された。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
・初年度の研究では、以前の実験で見られていた、「1次元局所歪みを導入したグラフェンにおける電子伝導、ホール伝導の非対称性」の原因を究明することが最大のテーマであった。今年度は、多数の試料で非対称な伝導を確認し、3種の対照実験と数値シミュレーションを組み合わせることで、非対称伝導の原因が、基板や電子線照射ではなく、格子歪みによって実効的に誘起されたスカラーポテンシャルであることを明らかにした。特に、1次元歪みによって生じるベクトルポテンシャルは結晶方位依存性があるが、スカラーポテンシャルは結晶方位依存性を持たない。したがって、電気伝導の非対称性はスカラーポテンシャルに起因するという上記のシナリオによって、すべての試料で電子とホールについて非対称な電気伝導特性が観測されたことがうまく理解される。 ・グラフェンに制御性良く局所格子歪みを導入することに成功し、グラフェンへの局所歪み導入が電気伝導に影響を与えていることを実験的に示したのは本研究がはじめてである。また、「伝導ギャップが見られない(漏れ電流がある)ことの原因は電子の平均自由行程内での歪みの空間変化量が小さいためである」という我々の推察は、その後の各種の実験結果と矛盾しておらず、初年度の第2の目標は達成されたといえる。ただし、漏れ電流の低減のためには、移動度を劇的に大きくし、かつ、歪みの空間変化を大きくする手法を開発する必要があり、これらの点は今後の課題として残されている。 ・グラフェン歪みの定量的な評価法については、予備的な実験結果は得られているものの、論文にできるクオリティのデータは得られていない。これについては、結果を高精度化するための新たな工夫が必要である。
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今後の研究の推進方策 |
・グラフェン移動度および歪みの空間変化量を増大させることによって、歪みによって生じた擬似ゲージ場の空間変化に起因する伝導ギャップの観測を目指す。移動度の向上には、グラフェンの宙吊り構造、BN基板の利用、基板表面の改質、グラフェンのアニールを検討する。また、プロセスの改良やレジストナノ柱構造、電極の配置の最適化によって、歪みの空間変化を増大させる。 ・上記の実験と平行して、我々の歪み導入の手法(グラフェンを基板に形成した後に、その直下にレジストナノ構造を作製して歪みを導入する)が、一般的に行われている手法(凹凸を形成した基板上にグラフェンを転写して歪みを導入する)よりも局所歪みの制御に適していることをデモンストレートする実験を行い、我々の手法の優位性をわかりやすく説明できるようにしたい。 ・グラフェン移動度および歪みの空間変化量を向上させる手法が確立した段階で、連携研究者である吾郷氏から結晶方位の定まったCVDグラフェンの提供を受け、歪みに起因する現象の結晶方位依存性を詳細に調べる。これによって、歪みに起因する現象を定量的に評価し、歪みエンジニアリングの可能性の検証を行う。 ・グラフェン歪みの定量的な評価法を確立する。ラマンスペクトルと歪み量の関係が見いだされているが、論文ごとの数値のばらつきが大きい。我々の実験環境におけるラマンスペクトルと歪み量の関係を見いだす。 ・前年度の研究でラマンスペクトル(ID/IG比)と平均自由行程との関係式を見いだし、その関数形から散乱機構について議論した。今年度はさらに、ラマンピークの幅、高さ、位置にも着目し、電子線照射に伴うグラフェンの伝導機構の変化の詳細を明らかにしたい。
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次年度の研究費の使用計画 |
年度の途中で、中心となって研究を進めている大学院生(D3)が次年度にグループに残って研究を続けることを希望したので、H26年度の人件費捻出のために、旅費、消耗品費などの支出計画を見直し、150万円程度の残額が出るようにした。ただし、研究自体は順調に進捗しており、計画見直しによる研究進捗への悪影響は避けられたと考えている。また、この学生は本研究に大変大きく貢献しており、次年度の雇用は研究推進に大きなプラスの効用をもたらすと期待されるので、支出計画の変更は妥当であると考えている。 人件費として、H26年度配分とあわせて200万円程度をあてる。残額は、ほぼ当初予定通り、物品費、研究発表・打ち合わせのための旅費、装置使用料などに使用する。
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