研究課題/領域番号 |
25287082
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研究種目 |
基盤研究(B)
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研究機関 | 東京大学 |
研究代表者 |
伊藤 哲明 東京大学, 工学(系)研究科(研究院), 講師 (50402748)
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研究期間 (年度) |
2013-04-01 – 2016-03-31
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キーワード | 強相関電子系 / 分子性固体・有機導体 |
研究概要 |
本研究では、三角格子遍歴電子系における特異超伝導をはじめとした電子相の相図解明を最終目標に挙げている。この目的のため、本年度は有機三角格子物質X[Pd(dmit)2]2系に対し、以下のような研究を行った。 1 EtMe3Sb[Pd(dmit)2]2に対し15kbarまでの圧力下で、精密に圧力を制御しながら13C-NMR測定を行い、電子状態解明を行った。まず、1/T1の詳細な測定により、この物質において金属-Mott絶縁体相境界は6~7kbar付近にあることが確認された。またkHzオーダーの遅い揺らぎを反映する1/T2が、この系においては大きく増大することを見出した。さらにこの遅い揺らぎは、金属-Mott絶縁体相境界で特異的に大きくなることを見出した。以上から、この系のMott相境界においては、EtMe3P[Pd(dmit)2]2等で見いだされる通常の1次Mott転移とは大きく様相が異なり、Mott絶縁体と金属状態が非常にゆっくりと揺らぐ電子状態が実現していることが強く示唆される。このような金属と絶縁体の間で遅く揺らぐ電子状態は、スピン系におけるGriffiths相を電子系に拡張した「電子Griffiths相」と呼ぶべき新たな概念で理解できる可能性があることを提唱している。 2 EtMe3P[Pd(dmit)2]2における圧力下超伝導の対称性を調べるために、圧力セル回転機構付NMRプローブの作成を行った。これにより圧力下で、0.1°の精度で試料角度を微調整しながらNMR測定を行うことが可能となった。これを用いることで、超伝導状態において磁場を伝導面に平行にかけボルテックスロックイン状態が実現でき、ボルテックスダイナミクスの影響を排除した本質的な緩和率測定が可能となり、超伝導状態の対称性を明らかにすることができると期待される。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本研究における最終目標は、三角格子遍歴電子系における特異超伝導をはじめとした電子相の相図解明である。 この点に対し、以下の2点における進展が得られている。 1 三角格子系EtMe3Sb[Pd(dmit)2]2に対し、局在電子状態から、遍歴電子状態に移行する際(すなわちMott絶縁体から金属への移行の際)に特異に遅く揺らぐ電子状態が実現することが見いだされた。これは、従来の常識的なMott転移描像では理解できない現象である。三角格子フラストレーション遍歴電子系では、θ-(BEDT-TTF)2RbZn(SCN)4において同様に電荷が遅く揺らぐ「電荷ガラス」状態が報告されており、両者の関連性に強い興味が持たれる。この結果は、当初の目的である三角格子における特異超伝導とは直接には関連しないものの、三角格子遍歴電子系における新奇特異電子状態の開拓を果たしたという大きな意義を持つ。 2 三角格子超伝導の対称性の確定に対してはNMR測定が強力な実験手法となる。ただし、これを遂行する際の問題として、磁場を超伝導体にかけた際にボルテックスの運動がNMRの結果に影響してしまい、対称性に関する情報がマスクされてしまう点があげられる。本年度において、角度を高い精度で調整できる圧力セル回転機構付プローブを作成できたことにより、ボルテックスロックイン状態を実現し、ボルテックスの運動の影響を排除した測定ができる目途が立った。これにより、EtMe3P[Pd(dmit)2]2の圧力下超伝導状態に対し、ボルテックスに影響されないNMRデータを得ることが可能となり、対称性確定への大きな一歩となったと期待される
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今後の研究の推進方策 |
本年度は、前年度に作成した圧力セル回転機構付NMRプローブを用い、三角格子Mott絶縁体物質EtMe3P[Pd(dmit)2]2に対し、まず静水圧力下において試料伝導面に平行に磁場を印加し、圧力下超伝導状態におけるボルテックスロックイン状態を実現する。このもとで超伝導状態のNMR測定を行い、対称性の確定を行う。具体的には 1 13C-NMRスペクトルの詳細な測定より、ナイトシフトが超伝導転移温度以下で正常に消失するかどうか、 2 13C-NMRのスピン-格子緩和率の温度依存性を正確に測定することにより、超伝導ギャップ構造がノードギャップであるかフルギャップであるか、を確定する。 これらにより、Mott絶縁体相近傍で実現している超伝導であるにもかかわらず、超伝導ギャップ構造がフルギャップであることが見いだされた場合、カイラルd+id状態が実現している可能性が考えられることとなる。また、三角格子における超伝導の対称性は、三角格子の異方性に大きく影響を受けることが期待される。一般には、格子が正三角格子に近い場合、カイラルd+id状態の実現の可能性が高くなる。このことを念頭に置きながら、上記の静水圧力実験に続き、三角格子に一軸圧力を加えた場合に、超伝導ギャップ構造がどのように変化するかを見出す測定に挑戦する予定である。具体的には 1 静水圧下超伝導でフルギャップ構造が見いだされた場合、三角格子を正三角格子からずらす方向に一軸圧をかけ、超伝導ギャップがフルギャップ構造からノードギャップ構造に変化するかどうか 2 静水圧超伝導においてノードギャップ構造が見いだされた場合、三角格子を正三角格子に近づける方向に一軸圧をかけ、ノードギャップ構造からフルギャップ構造に変化するかどうか、という点を追求する予定である。 これらにより三角格子強相関有機物質の超伝導相図解明を行う予定である。
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次年度の研究費の使用計画 |
次年度に試料の角度を微調整しながら、EtMe3P[Pd(dmit)2]2の圧力下NMR測定を行うこととなる。この実験の一部はもともとの計画では、本年度に行う予定であったが、EtMe3Sb[Pd(dmit)2]2において圧力下で新奇電子相が発見されたことから、本年度はその解明を行い、EtMe3P[Pd(dmit)2]2の圧力下NMR測定は次年度に行うという、研究計画の発展的変更を行ったためである。 EtMe3P[Pd(dmit)2]2の圧力下NMR測定を、次年度に行う。このための圧力セル等を次年度に購入する予定であり、この費用に次年度使用額を充てる。
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