研究課題
核内クロマチン構造を変化させることにより遺伝子転写制御を担う酵素 DNA topoisomerase IIb (topoIIb)について,ChIP-seq(実験)データの情報学的解析に続き,本年度はその結果を用いて,ゲノムDNA全体における結合部位の同定をMODIC2によって推進した。いずれも大規模かつ高度な計算情報学的技術を要する。多くの転写因子が有する結合配列の特異性と異なり,topoIIbは広範なゲノムDNA配列を認識する。そのため結合モティーフの全貌を知るには,ゲノムワイドな解析が不可欠であるが,その実験データから結合配列を抽出するには,従来は大きな困難が見られた。本年度はそれらを解決するために,新たな手法をMODIC2と組合せて構築し,既知の結合モティーフに加えて,複数の新たなモティーフを系統的に同定することに成功した。これまで30年以上に渡るtopoIIbのコンセンサス配列同定の研究の上に,ゲノムワイドな解析が本研究により初めて完遂されたといえる。その結果,topoIIbがゲノムDNAの湾曲構造を認識する一方で,塩基配列は同酵素による反応性に連関することが示唆されるに至った。したがってtopoIIbによる細胞レベルの機能(神経回路網形成等)を解明するには,その転写制御ネットワークと触媒反応メカニズム双方の統合的理解が不可欠である。量子・情報科学的手法いずれの応用も一層重要となる。またゲノムDNAの交差(Crossover)部位に選択的に結合するペプチドについて,Crossover dsDNAとの複合体構造のモデリングを進めた。本年度新たに得られた実験結果を導入し,溶媒を露わに含むMD計算による,複合体のドッキング・シミュレーションを実行し,これまでの知見を立体構造モデル上に統合した。さらにまた,重要な生体反応の電子ダイナミクスの解析を継続して推進した。
2: おおむね順調に進展している
本年度の研究は特に,topoIIbなどの転写制御因子によるDNA結合サイトのゲノムワイドな同定(前述のようにtopoIIbでは従来,これは非常に困難な課題であった),および同サイトの同定後における遺伝子転写制御ネットワーク構造の解析アルゴリズムの開発・応用などに,大きな労力を集中させた。その結果,それらをほぼ完了させ得たと考えている。さらに本年度は前述のように,Crossover dsDNAと,それを選択的に認識するペプチドとの複合体のドッキング・シミュレーションを進めた。昨年度の結果を元にEMSAによる生化学実験を本年度新たに設計し,新規のデータを獲得すると共に,同様に新たに得られたCD分光法や表面プラズモン共鳴法などの定量的なデータを,本年度の理論解析に新たに用いた。そのモデリング法は,通常の分子動力学(MD)計算と合わせて,拡張アンサンブル法を組合せたMD計算も応用した(これらにより,昨年度記載した技術上の懸念をほぼ払拭した)。その結果,実験データとの整合性のみならず,自由エネルギのより安定な,高精度な複合体構造を構築することに成功した。さらにまた,生体反応メカニズムにおける電子ダイナミクスの量子科学的解析も進展しており,本年度は応用と合わせて,計算スキームの改善を進め,より大規模な量子計算部位に応用することが可能となった。アミノアシルtRNA合成酵素や癌遺伝子産物であるRasなどによる触媒反応メカニズムの解析を推進した。また,topoIIbによるDNA認識メカニズム(MD計算)および触媒反応メカニズム(ハイブリッドMD計算)の解析も進行中である。以上は当初の想定以上の進展といえるものであるが,その分,研究成果の出版にやや遅れが生じている。そのため来年度は,特にその点にも注力したいと考えている。以上の二面性を考慮して,上記の評価とした。
量子科学的解析技術の応用による電子ダイナミクスの解明においては,Rasなどによる触媒反応の解析を始めとして,今後,複数の系で解析を完了させる計画にある。それによって,生体高分子システムに特有の特徴を,系統的に明らかにしたいと考えている。前述のtopoIIbによるDNA認識メカニズムおよび触媒反応メカニズムの解析(量子科学的解析技術の応用)においては,今後それらの解析の推進と,他方において,同酵素によるゲノムワイドな転写制御メカニズムの解析(情報科学的解析技術の応用)による結果とを統合して,新たな理解をもたらすことを目指す。量子・情報科学双方における解析技術の統合的な応用が重要である(前述)。これによって,ゲノムDNAの塩基配列(topoIIbの反応性)や,ゲノムDNAにおける遺伝子配置・遺伝子クラスタなど(ゲノム構造との連関による転写制御メカニズム),さらにはゲノムDNAの3次元立体構造の情報など,異なるスケールにおける知見を有機的に組合せて,topoIIbがどのようなメカニズムによって遺伝子の転写制御を担っているのか,その総体の解明を目指す方向性が重要である。生命物理学において,電子構造レベルから全ゲノムDNAに渡る,マルチスケール・多階層システムの統合的な理解を初めて試みる点に,極めて大きな意義があると考えられる。Crossover dsDNAと,それを選択的に認識するペプチド(LED-GFにおけるDNA結合部位内27残基)との複合体のドッキングにおいては,得られた原子解像度における立体構造を元に,先の選択性がどのような原理的枠組みにより生じるのか,基本法則等に基づく理論化を行い,より一般性を有する本質的な理解を導く点が,今後重要である。
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