北西太平洋(日本海溝の海側)を対称としたデータ解析、トモグラフィーを実行した。日本列島の広帯域地震計観測網F-NET、「ふつうの海洋マントル」プロジェクトによって展開された広帯域海底地震計及び周辺の海洋島の広帯域地震計のデータを収集し、1.9秒から30秒までの異なる周期帯10バンドでP波の2観測点間相対走時を測定した。この測定では本研究で開発した海洋及び堆積層での多重反射によるみかけの分散の補正方法を使用した。また、P波の立ち上がり時間を可能な限りピックアップし絶対走時を測定した。過去にわたり蓄積した走時データにこれらのデータを加えデータの周期に応じた有限波長効果を考慮したトモグラフィーを実行し、3次元P波速度構造を得た。結果、北西太平洋下の空間解像度を向上させることに成功した。シャツキー海台の北西では深さ約100 - 300 kmで低速度異常が見られるのに対し南東ではほとんど異常がないか若干の高速度異常を示した。このシャツキー海台の北西に比べ南東のマントル浅部で高速度異常を示す特徴は、別研究で表面波の解析から得られたS波構造とも調和的である。またシャツキー海台の下では強くはないが低速度異常が少なくとも深さ300kmまでは観測された。 2015年5月30日の小笠原諸島西方沖地震は深さ660 kmを超え、いわゆる下部マントルに相当する深さで起きた。この地震は深発地震面から深く海側に離れ、トモグラフィーで明らかになった沈み込む高速度スラブがマントル遷移層で折れ曲がりスタグナントする屈曲点の底に位置している。マントル遷移層の深発地震による歪みで生じる応力場がこの地震のメカニズムで示される応力場と類似することから、小笠原諸島西方沖地震は遷移層内深発地震によって強まったほぼ鉛直方向の圧縮応力に因って引き起こされ、スタグナントスラブが下部マントルへ沈み込む前兆のイベントであると推測した。
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