氷衛星の内部での化学進化を探るため,室温,高圧環境下での有機物の挙動を実験的に検証した. 今年度の実験は,出発有機物として,アラニン(鏡像異性体を持つアミノ酸の中で最も簡単な構造を持ち,アルキル基としてメチル基を持つアミノ酸)とナフタレン(ベンゼン環が2つ縮合重合した芳香族炭化水素)を用いた.これらの物質は炭素質隕石中にも高濃度で存在すると同時に,氷衛星中にも存在の可能性が高い化学種と考えられている. アラニンを出発物質とした実験では,アラニン飽和水溶液を室温にて15 GPaで加圧することにより3量体までのアラニンペプチドが生成することを、昨年度までに確認している.今年度は,水の共存する環境で脱水反応であるペプチド反応が起こるメカズムに注目した.アラニン飽和水溶液を加圧すると,水溶液の水は氷になり,イオンとして存在したアラニンは氷の結晶間に固体として析出することが観察できた.つまり,水溶液中に存在するアラニンの加圧反応は,水との共存状態ではなく,無水状態で起こる圧力誘起反応ということになる.これは,水溶液に圧力を作用させることによって溶質が濃縮無水化されることを意味し,水溶液の加圧反応(特に,脱水反応)にとって重要な反応過程の一部である. ナフタレンを出発物質とした実験では,室温でも高圧環境にするとナフタレンは反応を起こし,その反応は15 GPaを超える付近から顕著になった.主要生成物は,「ナフタレン2分子から2つの水素原子が抜けて生成する2量体(分子量254)」と「ナフタレン2分子から水素原子の損失なしに生成する2量体(分子量256)」であった.これらの生成物はベンゼンを室温,高圧環境で反応させた際に検出された生成物と同様の特徴を持つ.そのため,生成機構としては,圧力増加に伴い分子間距離の縮小し,ベンゼン環が重なって起こる圧力誘起反応が主要なものと考えられる.
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